「ブラダン」から「HIStory」へ、スージーに導かれるように旅してしまいましたが、
もう一度「ブラダン」に戻ってブラダンシリーズの一応の区切りにしてみたいと思います。
HIStoryと一つながりの「マイケルの闘い」というテーマとは別にブラダンアルバムにはもう一つのテーマがあることに気づいたので書きたいと思います。
 
それは「心」
 
「Ghosts」のテーマ、「人の心の中の偏見が産む差別」が「ブラダン」の中でも
共通のテーマとして語られているのです。
ブラダン(楽曲のほう)のSFの、スージーのあの姿を見てまず思うことは何でしょう。
   
    「スージー、怖っ」
 
ですよね。でも、この怖いスージーのイメージって何なのだろう。
「Ghosts」のマエストロが教えてくれたことは。自分は「ノーマル」(普通)であると信じ、自分の理解を超えた者を排除して自分を守ろうとする心の働きが魔物を生むということ。
 
怪物、魔女、異端者、悪魔、鬼、怨霊たちの正体は。。。。。
  自分の国に入り込んできた、外国人。
  自分の信じる宗教とは異なる宗教を信じるもの。
  何か新しいことを始めようとする人。
  戦争、政争に負けた敗者。
  男社会に立ち向かおうとする女性。
  病気。
  全く予想もつかないような天才。自分より優れている人。
  弱いもの
などの自分に理解できないものを排除しようとする人間の「心の闇」
 
マイケル(マエストロ)が市長に見せるのは、市長の心の中の魔物。
魔物の正体は「人間の潜在意識に潜む、偏見、自己防衛、無知、差別感情
臆病さ、高慢などなど」だということを、私たちはマイケルの苦しみに共感し、理解することで「自分の心の中の偏見」にも気が付いたわけです。
 
でも本当に私の心の中の「偏見」は消えたのだろうか。。。。
スージーのあの不敵な笑いを見て思うのです。
 
何度もSFを見返してわかったのは、このナイフをちらつかせテーブルの上で踊るスージーが「虚像(まぼろし)」であること。チャラ男とフロアで踊るスージーも「記憶」の中の姿に過ぎません。スージーは実際にはあのダンスクラブの中にはいないのです。
 
をよく考えてもそれが見えてきます。
「スージーがナイフで男を刺す。」というのは不倫相手に復讐されるのを恐れる男と、彼を責める友人の会話の中だけのイメージです。
実際にはここにいないスージーに対する妄想や怖れといった負の感情を、まわりではやし立てる人たち(コーラス部分)の野次馬根性や嫉妬が更に輪をかけて、「怪物や魔女のような女スージー」が増大します
 
 「お~いチャラオく~ん、今そこでスージーがナイフを持ってうろついてたぜ」
 「あっ、私も見た見た!」
 「ちょっともてるからって、いい気になったせいだよ、いい気味!」
 「セレブだからって調子に乗るからよ。スージーにやられちゃいなさい」
みたいな無責任な嘘やうわさも、「虚像」を作っているといえますね。
 
また音楽を聴く私たち、聴者の心理もそれに参加します。「不倫ってどっちもどっちよね。」とか言いながら男性も女性もなぜか「女性側(スージー)」を悪者に仕立てるのが男性優位社会的な刷り込みです。
 
そしていつのまにやら出来上がるのは
「嫉妬や欲望に狂ってナイフで男を刺すこっわーいスージー」の虚像。
この虚像を作り出すのはまさに「人の心」。
 
これって、ノーマル谷の人たちに追い込まれるマエストロがお化けになっちゃうのと同じじゃありませんか?
 
「Ghosts」SFの中で市長がノセられて踊りだす時に流される「Ghosts」の詞は
嫉妬に狂ってマエストロを化け物に仕立て上げる市長の心理を描いています。
でもこのあたりを見ると、そのままチャラ男(ブラダンの主人公)の心理を描いているとも言えそうなんです。
「妻が、家庭が、家系が。。。」なんて言うあたりは、むしろ
「彼女の妊娠」で慌てふためくブラダン男の心理に近いかも。。。。
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And there's nothing I can see
And I know that that's the truth
Because now it's on me
僕には何も見えない
でも僕にはわかる、そこに居ると
だって君は僕に取りついているんだから
I don't understand it
Hey
I don't understand it!
Aaow!
僕には理解できない
僕には理解できない
And who gave you the right to shake my family?
And who gave you the right to shake my baby, she needs me
And who gave you the right to shake my family tree?
You put a knife in my back
Shot an arrow in me!
Tell me are you the ghost of jealousy?
The ghost of jealousy
誰が君に僕の家族を脅かす権利を与えたんだ?
誰が君に僕の妻を脅かす権利を与えたんだ?
誰が君に僕の家系を汚す権利を与えたんだ?
君は僕の背中にナイフを突きつけるのか
矢を射るというのか
君は嫉妬の亡霊か?
嫉妬の化け物なのか?
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取りつかれる・・・・・勝手に恐れ、相手が悪人だと思い込む
あいつは理解できないやつだ・・・・自分とは違う価値観を理解したくない
僕には見える・・・・・勝手に妄想する
これが「魔女」を生み出す、人間の心理。。。。。
 
男女間のふか~~~い河ってこんな心理のずれが産みだすのかも。
こんな男の身勝手な妄想に女性が「Am I the beast you visualized?」
と言い出して、「あなたのお望みどおりの怪物になってあげるわ~~~」
なんてことになると本当に大変なことになりかねません。
が、勝手な大人たちが作り出してしまった心の魔物が消してしまうのは
「小さな命」だということは、SFの中に示唆されています。
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     「マエストロとスージーを苦しめるものは同じなんだよ。。。。。」
 
マエストロとスージーに導かれ、垣間見るのは自分たちの心の奥の奥にある
普段は気が付かない世界。それは「潜在意識」と呼ばれるもののようです。
(私が心理学に詳しいわけではないので、そうかもというぐらいの気持ちで読んでくださいね)
 
もう一度ブラダンのジャケットを見直すと、透明の床が海面で後ろの雲のようなものがそこから一部顔を出す、氷の塊のようにも見えます。
これは人間の「顕在意識」(普段自覚している心)は表面に現れているほんの一部で、その下には普段気が付かない潜在意識の部分が多く隠されていることを示す
図によく似ています。
 
古来からの天才、偉人、宗教家や芸術家は潜在意識(無意識)と顕在意識の世界を自由に行き来し、潜在意識の無限の力を利用できたなどと言われているそうです。
マイケルも、きっとできたんでしょうね。
 
その潜在意識の無限の力を最大に発揮できると幸せになれるということを書いたのがこの詩だと思います
 
「Heaven Is Here」(詩集「ダンシングザドリーム」より)
  There is only one Wholeness
  Only one Mind
  We are like ripples
  In the vast Ocean of Consciousness
  すべては一つにつながっている
  意識は一つにつながっている
  僕たちはひとつひとつのさざなみ
  広大な意識の海の上の
 
無意識の世界が繋がれば、言葉がなくても愛を伝えあえる。みんなが幸せになれる。無意識が繋がった集合無意識の幸せな姿です。
 
でもその潜在意識の中に、怖れやゆがみがあると、
自覚のない憎しみを抱き差別をする「市長」みたいになる。
市長みたいな人が集団になると、負の集合無意識が生まれ
差別やいじめが生まれ、弱いものを押しつぶす。
 
マイケルはマエストロやスージーを通じてそういうことを伝えたいのではないでしょうか。マイケルはよく「シャーマン」のようだといわれますが、まさに潜在意識(イマジネーション)と顕在意識(現実)の世界を行き来して、私たちを「未知の世界」へ導いてくれます。
 
ビリージーンのSFでは、「ビリージーン」という曲がヒットしたことで生まれてきた
おかしな噂や思い込み、「マイケルにはビリージーンという隠し恋人がいる」
という妄想や虚像に振り回されるマスコミの姿を面白おかしく描いています。
パパラッチの頭の中には「密会するマイケル」というあり得ないものが実際に見えてしまうのです
 
ダーティーダイアナでは、歌手が創造した歌の中の人物(虚構の世界の虚像)が目に見えるようになってしまう、心理的な怖さを描きます。いや、それよりも現実の世界の女性のほうが怖いとか。。。。(笑)
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「ビートイット」ではマイケルは通路を通り扉を開いて、イマジネーションの世界へ
私たちを連れて行きます。現実界では「あり得ないよ~」と一蹴されそうですが、
不良の喧嘩を「勝負なんかどうでもいい、逃げろ」という解決策で止めてしまいます。
イマジネーションの世界では思えば何でも可能になるのです。
その素晴らしさを現実界でも応用しようよ、というのがマイケルのメッセージでしょう。
潜在意識の世界を知ることで、人の心を癒すことは小説でもよくテーマにされます。
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村上春樹の小説の主人公が階段を下りたり井戸の中に落ちたり、不思議の国のアリスが深い穴に落ちるのは、自分の心の中の潜在意識の中に入っていく様子を描いているのだそうです。そこで経験する「異世界の冒険」が現実界とリンクして、主人公や読み手を成長させ癒す。
 
ファンタジーの力ですね。
 
マイケルの作品にも沢山この力が込められています。
マイケルのSFでよく出てくる、「マイケルが通路を歩き、扉を開ける」という動作は
そこから先はイマジネーションの世界だよというシグナル。私たちはあっという間に
その世界に運ばれ、自由に想像の羽根を広げて、遊び、気づき、癒され、成長することができます。ブラダンののれんもそう。CDに印刷されてますよね。
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ドアの向こうは異界
「BAD」でダリルが地下鉄の駅に行くのも大きな意味があります。地下に降りていく行為が、ダリルの意識が「潜在意識の世界」に降りていくことを示唆します。
 
ここでの「潜在意識の世界での出来事」は、ファンタジーではなく、「本当の自分」に気づく心の成長の過程。
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これはダリルの心の中の風景、ダリルは潜在意識の中の「強く正しい自分」のイメージを呼び起し、
闘います。現実の世界ではダリルはジーンズとパーカー姿で、この「イメージ」に励まされながら、
友人たちに「正しくなれ、強くなれ」と話しかけています。
 
自分のアイデンティティーに迷い、「イケてる自分」を見せるために悪事を働きそうになりますが、ダリルは潜在意識の中に眠っている「本当の心」に気づき、
老人を逃がして友人たちに本音をぶつけます。
 
マイケルは人間の心の奥底に眠っている素晴らしい力を呼び覚ます、心の水先案内人なのです。
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たった5曲だけで相当深い世界観が広がる「Blood On The Dance Floor」です。
 
完璧なファンタジーの世界に、リアル過ぎる人間ドラマがあるのですから。。。。
でも聞くとその後は「自分の中の何か」が変わったような気がするんですよね。
まだあまり聞いていない方も、どしどしブラダンワールドへ旅してみてくださいね。
こわくないよ~~~~~。
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        僕が「ブラダン」の世界を案内するよ。相棒はスージー、彼女も魔女にされちゃったからね♪