「ロックを生んだアメリカ南部」の著者、バーダマン氏のマイケルについての評論文
読売新聞「オピニオン」 早稲田大学大学院教授 ジェームズ・M・バーダマン
「マイケルジャクソン」 より一部抜粋
 
「それは彼が音楽の境界線だけではなく、他の境界線をも越えることができたということだ。キング牧師が掲げた理想、つまり人々が皮膚の色ではなく個人の人格で判断される時代が到来するという夢は、政治や法律、経済によって実現させるのは困難なことだった。しかし人種の壁を越える方法は他にもあることを、彼は証明したのだ。」
 
ロックを生んだアメリカ南部」の著者、ジェームズ・M・バーダマン氏がマイケル・ジャクソンの業績について書いた文を見つけましたのでアップしたいと思います。
 

マイケル・ジャクソン

ジェームス・バーダマン/早稲田大学文学学術院教授
消えたアメリカンアイドル
 2009年6月25日、マイケル・ジャクソンの死去にあたり、マスメディアはいわゆる『キング・オブ・ポップス』としての彼を高く評価した人、あるいは非難した人たちの様々な反応について報道した。その謎めいた死、ミュージシャンとしての姿、また彼の私生活について振り返るものだった。彼の音楽は大衆の文化と意識に非常に大きな影響を及ぼした。独自のサウンドとボーカルスタイルが、数世代にわたってヒップホップやポップス、R&Bなどの音楽に影響を与えたのと同時に、彼のプロモーションビデオはMTV(アメリカのケーブルテレビチャンネル)の成功に大きく貢献したといわれている。
皮膚の色を越えて
 彼の影響は、他にもある。それは彼が音楽の境界線だけではなく、他の境界線をも越えることができたということだ。キング牧師が掲げた理想、つまり人々が皮膚の色ではなく個人の人格で判断される時代が到来するという夢は、政治や法律、経済によって実現させるのは困難なことだった。しかし人種の壁を越える方法は他にもあることを、彼は証明したのだ。
 マイケル・ジャクソンという存在の喪失を思う時、他の世界の英雄についても思いを馳せなくてはならないだろう。彼らの存在がなければバラク・オバマも大統領になり得なかったかもしれないのだ。MLB(メジャーリーグ)初の黒人選手となったアフリカ系アメリカ人、ジャッキー・ロビンソンは、差別によって殺される可能性さえあるというプレッシャーと偏見に対して、怒りで反応したのではなく、疑いようのない野球の才能でそれに応えた。また、最近ではNBA(全米プロバスケットボールリーグ)のヒーロー、マイケル・ジョーダンが、素晴らしいプレーと決してあきらめないスピリットによって、黒人も白人も関係なく多くのファンを魅了した。この二人は人種の壁を見事なプレーで乗り越え、その立派な人格とパフォーマンスによって、観衆はたとえ一時的であっても人種の違いを忘れたのだ。彼らはそれぞれのやり方で、アフリカ系アメリカ人の強さ・天性の能力・偉大な努力を示し、アフリカ系アメリカ人は劣っているという考えは間違いだということを証明した。それはすべての人種の模範ともなった。
 また、同時に一人の白人のミュージシャンのことも忘れてはいけない。エルビス・プレスリーである。彼はアフリカ系アメリカ人の音楽スタイルを取り入れた新しい音楽を作り出し、そして多大なる敬意も表した。それゆえ彼は、人々から批判を浴びながらも、黒人・白人を問わない新しい音楽のスタイルを作り上げることができた。エルビスの最初のレコーディング曲である黒人ブルースがローカルラジオでヒットしたとき、DJは彼にどこの高校に通っているのかを尋ねた。エルビスが答えたのは白人の通う高校の名前だった。その当時、黒人と白人は別々の学校に通わなければならなかったため、それによって視聴者は彼が黒人ではなく白人である事を知ったのだ。彼はこの意味で「皮膚の色の境界線」を音楽で越えた。レコードやラジオは、皮膚の色を伝えたりはしない。彼は白人からホワイトブラックマンと揶揄されたが、すばらしい音楽で応えたのだ。
 ジャッキー・ロビンソン、マイケル・ジョーダン、エルビス・プレスリー、マイケル・ジャクソンは、人種を問わない新時代を築きあげた開拓者なのだ。マイケル・ジャクソンに至っては、ジャクソン5の最年少メンバーとして、その後はソロアーティストとしてテレビ界における人種のボーダーも越えてみせた。当時を知る白人女性は言う。「自分の親は他の黒人グループをテレビでは絶対みなかったのに、ジャクソン5は楽しんでいた」。他の人種を受け入れるということについて、マイケル・ジャクソンはデモや抗議などではなく、印象的なダンスと歌で貢献した。どんな人種であっても、彼を見た人は立ち上がって踊り出したくなり、子供たちはダンスの振りをまね、彼のトレードマークでもあるムーンウォークをマスターしようとした。
音楽とプロモーションビデオ
 彼の影響は、歌詞からもうかがうことができる。『Man in the Mirror』では、まるで選挙運動中のバラク・オバマの音楽版のように、「change」はできるのだ、そしてその「change」は鏡に映っている自分から始めるのだと歌っている。また、人種差別に対しての曲『Black or White』では、人は白人であっても黒人であっても兄弟姉妹になることができるとも歌っている。その曲のプロモーションビデオには、「KKK」(白人優越主義の過激グループ)の文字や「不法入国のメキシコ人労働者は帰れ!」という文字が映ったガラスを壊すシーンが映し出されている。
 『Heal the World』では聖書からの引用で武器を鋤にかえて平和な世界、一つの人種や国ではなく人類すべてのための世界を創ろうと歌っており、『Gone Too Soon』ではエイズでなくなったライアン少年を悼み、エイズで苦しむ人々の痛みについて訴えている。
世界に迎えられた文化
 『Off the Wall』『Thriller』の爆発的人気により、マイケル・ジャクソンはポップス界の第一人者となった。彼はグラミー賞を13回受賞し、No.1シングルを13回記録し、世界で7億5千万枚ものアルバムを売り上げた。
 ここで重要なのは、「世界的」という言葉だ。彼の1991年のヒット作『Black or White』は17カ国で、オーストリアからノルウェー、ジンバブエそしてもちろんアメリカまであらゆる言語の国でNo.1を記録した。アフリカのガボンを訪れた際には、10万もの人が彼を迎えた。
 アメリカではマイケル・ジャクソンは「私生活に問題はあるがすばらしいミュージシャン」と思われている。しかし世界の他の国では、彼はいわゆるアメリカの顔であり、大統領も含めた他のどんなアメリカ人より、彼の名前、彼の言葉は知られている。アメリカの経済的・軍事的・政治的な力で世界に訴えるより、マイケル・ジャクソンの音楽のほうがより効果的なのだ。音楽を通して彼が体現した、より優しく、より親切なアメリカの文化の姿をもっと世界に知ってほしいと願っている。

ジェームズ・M・バーダマン(James M. Vardaman)/早稲田大学文学学術院教授

 
「ロックを生んだ。。」を読みながら、バーダマンさんがマイケルについて何か書いてくれないだろうかと淡い期待を持っていましたが、期待以上の素晴らしい論評を書いてくれています。
 
なんといってもこの方は(共著の村田先生もですが)きちんとマイケルの音楽を聞いている人です。だから音楽界での業績の評価についても「○○は何百万枚売れた、とか、プロモーションビデオが素晴らしい」などといった表面的なものではありません。何曲かの代表作を挙げながら、マイケルの業績がアメリカだけではなく、世界に影響を与えたことや、差別との闘いもきちんと説明しています。。マイケルだけを讃えるのではなく、マイケル・ジョーダン、エルビス・プレスリーなどを例に挙げて、社会、文化に対する影響についても非常に公平で中立的な観点から意見を述べています。
 
以前にも書きましたが、バーダマン氏の祖父は人種差別主義で有名だったミシシッピー州の知事でした。その孫であるバーダマン氏が「Color Blind(被差別主義者)」としてこのような文章を書いているということも、マイケルを含めた黒人音楽や差別を克服するための闘いが生み出した一つの果実なのかもしれません。
 
記事には日付がありませんがおそらくマイケルが亡くなった直後のものだと思われます。当時は大きな話題となり、多くの識者の方が文を書いていましたが、どれもあまりぴんとくることが無かったと思います。
 
それよりも「ええかげんにしてよ!」という物が多かったと記憶しています。
マイケルの音楽も聞かず、資料も調べず、ただゴシップや噂をちょっとつまみだしたうような物ばかりでした。そして決まり文句のように「1億枚も売れた『スリラー』。」
 
「そんなもんやったら私も書けるわ!」とむなしく叫びたくなるようなものばかり。
 
一番残念だったのが松任谷正隆さんが朝日新聞の「DO楽」に書かれた記事でした。特にマイケルの死因について「業界の噂」を基に書いていること。
裁判が終了していない今の時点では、本当のことは誰にもわからないわけです。「一つの意見」として述べられるのはかまわないけれど、資料を徹底して調べるということもなしに書かれたているということが本当に困りものだと思いました。「マイケルと仕事をしたことのあるエンジニアが言ったらしいんだけど。。。」みたいな書き方ってどうなんでしょう。「また聞き」というものでしょう、それは。
 
ある程度有名で、社会的な地位のある人が大新聞に記事を書けば、たいていの人は「正しいことが書いてある」と感じるでしょう。でもそれはだめですよね。
 
マイケルに関すものだけではなく、新聞、テレビ、インターネットで手に入れる情報に関しては、常に「本当に正しいのか」という視点を持ちながら接していかなければならないと思います。情報を手に入れたら、鵜呑みにするのではなく、更に自分で調べる。同じトピックについて複数の新聞やテレビ局の記事やニュースを読み比べるのも必要だろうと思います。
 
バーダマン氏の記事を今日、自信を持ってアップできるのは、著書である「ロックを生んだアメリカ南部」を読んで記事を書き、それにブログ仲間に意見を書いていただいた経験が生きています。
 
メディアとの軋轢に苦しめられたマイケルと、今でもメディアに振り回される沢山のファン。
 
私もいろいろと思い悩んだり、傷つくこともありました。
でもそこで傷ついたり、考えたりすることは決して無駄にはならないと思います。
誰もがインターネット等で情報を集めたりを発信することが可能になった時代だから、それを生かすのも殺すのも私たち次第なのではないかと思います。