Beethoven

Septett Es-dur fuer Violine, Viola, Violoncello, Klarinette, Horn, Fagott und Kontrabass, Op.20 七重奏曲 変ホ長調 作品20

Friedrich Witt
Septett F-dur fuer zwei Violinen, Viola, Violoncello, Klarinette, Horn, Fagott und Kontrabass(unisono) 七重奏曲 ヘ長調

Berliner Oktett
Konrad Other, violin
Christian Mencke, Vioine II(Witt)
Helmut Loechel, viola
Rolf Doehler, violoncello
Barbara Sanderling, Kontrabass
Michael Simm, klarinette
Fritz Finsch, fagott
Kurt Palm, horn

録音 : 1989年3月6~9日、5月2~4日、ドレスデン・ルカ教会

七重奏曲ではベートーヴェンの作品20が圧倒的に広く知られている。そして、この作品に範を取りながらもヴァイオリンを2本に増強したシューベルトの遺作作品166(D803)が直ぐに思い出される。今回のヴィットの作品はヴァイオリンが2本でシューベルトと相似するが、チェロとコントラバスがユニゾンとなっている。
18世紀末から19世紀前半にかけてヨーロッパでは〈ハルモニー〉と称する管楽八重奏編成のアンサンブルが流行。この〈ハルモニー・バンド』はオリジナル作品より、むしろ人気のあったオペラや劇音楽のアリアや主題を演奏したり、パラフレーズする編曲作品で市民の音楽文化に大きく貢献した。七重奏曲は管弦編成であるが、アンサンブルとしての機能は前述のハルモニーと似た役割を果たしていた。所謂シリアスな芸術表現というよりはむしろ18世紀末のディヴェルティメント的な娯楽的性格の強い作品を演奏するアンサンブルの1つの理想的な編成として好まれていたのである。
事実この編成の代表的な作品としてのベートーヴェンの七重奏曲も、6楽章構成という18世紀ディヴェルティメントのタイプで書かれている。しかし、ベートーヴェンはこれが単なる娯楽的作品として書いたのではなく、室内楽的にも充実した響きと構成をも追求して傑作をものにしたのである


ヴィットの存在が注目されたのは、奇しくも同年生まれのベートーヴェンの研究から。1909年シュタインという研究者により、ドイツのイエナでベートーヴェンの名が記された《ハ長調交響曲》の写本が発見された。いわゆる《イエナ交響曲》を巡る一大センセーションが巻き起こり、ベートーヴェンの初期の交響曲であろうとの推定のまま出版されたが、その後半世紀にわたる研究の過程で資料批判がなされ、同じ作品のより良い状態の別の写本が発見され、そこに記された作曲者名からヴィットの作品であることが確認された
優れたチェリストであり、1789年から7年間エッティンゲン=ヴァラーシュタイン公の宮廷楽師として活躍したのち、ドイツ各地を広く演奏旅行して人気を博していた。特に1802年にヴュルツブルクで上演されたあるオラトリオが大きな成功を収め、ヴュルツブルク大司教の目にとまり、ヴィットは楽長職を得る。さらに1814年から22年間にわたってヴュルツブルク劇場の楽長職を務めきった
作曲家としてのヴィットは必ずしも多くの作品を残したはいないが、ハイドンやロセッティを彷彿させる古典的明快性と軽快で清澄な響きを持つスタイルの作品を残している。劇場用作品3曲、宗教作品7曲、交響曲約10曲、協奏曲7曲などのオーケストラ作品のほかにピアノと管弦楽による五重奏曲、ハルモニー(管楽)のための小品集、そして今回ここに収められている七重奏曲などの室内楽作品が知られている
この作品は恐らくベートーヴェン作品からヒントを得ているようにも思われるが、この編成自体は決して珍しいものではない。1816年には完成して翌年マインツで刊行されているので、ヴァイオリン2本にしても、シューベルト以前である
チェロとコントラバスをユニゾン(1声部でオクターヴ同音奏)にするなど、低音強調の工夫など独自のスタイルを取る
ベートーヴェン作品と比較すれば、曲の構成が基本的に異なり、急・緩・メヌエット・急という交響的4楽章構成を取り、室内交響的表現を狙ったようだ。しかし、実際の内容は管楽器、とりわけファゴットが重視され、室内協奏曲的趣も色濃く漂う

ベルリン八重奏団は、旧東ドイツのベルリン交響楽団のメンバーによって1964年に結成されたグループ。1989年10月には結成25周年を祝う記念演奏会を開いたが、この間、「国家芸術賞」及び「東ドイツ国民賞」を受賞。国外での演奏活動も活発で、ヨーロッパ各国、ソヴィエトを始め南北アメリカにおいても、度々コンサートを開いている
レパートリーは、ドイツ古典派から現代の作曲家による作品まで多岐にわたる。


Wikipedia
ベートーヴェンについては、別ファイル『Beethoven_ Middle String Quartets』参照

七重奏曲作品20は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの作曲した、7つの楽器による室内楽曲である。
ベートーヴェン初期の傑作で、明るい旋律と堂々としたリズムをもち、作品が公開された当初から広く親しまれたとされ、初版が出版される前から海賊版が出回っていたとも言われている。作曲されたのは1799年から1800年にかけてで、同時期に作曲されたものに交響曲第1番などがある。ベートーヴェンの作曲人生の中では古典派音楽の勉強と自らの独自性を模索する時期といえる。モーツァルトのディヴェルティメントのように、娯楽的でサロン向けの音楽として書かれているが、旋律やリズム、構成の面などでその後のベートーヴェンらしい作品の登場を予感させる部分も随所に見られる。第5楽章のスケルツォはそのひとつである。作曲者によるピアノ三重奏版も存在する(作品38)。
しかし、この作品の人気とは裏腹に当のベートーヴェンは、いつまでもこの作品がもてはやされ続けるのを拒んだと言われており、「あの七重奏曲のベートーヴェンさん」と形容されるたびに不快感を示したといわれる。これはベートーヴェンにとって、この作品が大衆迎合の域を出ておらず、自分の追い求める音楽とは違っているということの意思の現れであるといえる。
難度はヴァイオリンを除き、そう高くない。ホルンに関しては、作曲当時に用いられていたナチュラル・ホルン(ヴァルヴ機構を持たない)で演奏する場合、倍音にない音はゲシュトップ奏法を用いるなど難度が高いが、ヴァルヴのある現代楽器を用いる限りは難しくない。
シュポーアやフンメルなど、古典派から初期ロマン派の作曲家にこの編成は多いが、ブランやブルッフのようにロマン中期の作曲家にも同編成での作品がある。
シューベルトはこの作品に影響されて八重奏曲を書いたとされる。八重奏曲の楽器編成はベートーヴェンの七重奏曲にもう一本ヴァイオリンを増やしたものになっている。
砂川しげひさは「ベートーヴェンが30歳で死んだとしても、ずっと後世に残り続ける曲」と評する一方で、「これを聴きながら食事をしていた貴族は七転八倒していたであろう」とも述べている。
演奏時間は40分から45分程度。
楽器編成 [編集]
クラリネット(B♭管)、ファゴット、ホルン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス
曲の構成 [編集]
• 第1楽章 Adagio - Allegro con brio 変ホ長調 4/4拍子
ソナタ形式。序奏のあと、ヴァイオリンが堂々とした主題を奏でる。
• 第2楽章 Adagio cantabile 変イ長調 9/8拍子
いわゆる緩徐楽章。クラリネットが美しいメロディーを奏でる。
• 第3楽章 Tempo di Menuetto - Trio 変ホ長調 3/4拍子
メヌエット。主部で弦楽器の奏でる旋律はピアノソナタ第20番の第2楽章からの転用。トリオでは管楽器が活躍する。
• 第4楽章 Tema con variazioni : Andante 変ロ長調 2/4拍子
変奏曲。変奏に用いられる主題は民謡からの引用とされる。
• 第5楽章 Scherzo-Trio - Allegro molto e vivace 変ホ長調 3/4拍子
スケルツォ。ホルンの分散和音とバイオリンの応答で始まる軽やかなスケルツォとチェロが流麗な旋律を奏でるトリオからなる。
• 第6楽章 Andante con moto alla marcia-Presto 変ホ長調 4/4拍子
ソナタ形式。厳粛な序奏のあと、チェロの伴奏に乗ってヴァイオリンが堂々とした第一主題を奏でる。第五楽章で見られたホルンの分散和音がリズムを変えて再現されたあと、ヴァイオリンとチェロが流れるような第二主題を奏でる。展開部の終わりでは協奏曲で見られるようなヴァイオリンのカデンツァ風ソロがある。再現部で各主題が再現され、最後は第1主題が帰ってきてベートーヴェンらしく、明るく堂々と曲を閉じる。


フリードリヒ・ヴィット(Friedrich Witt, 1770 - 1836)は、その生没年から解るように、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven, 1770 - 1827)と同じ年に生まれたドイツの作曲家である。
彼はヴュルテンベルク公国のニーダーシュテッテンという村に生まれた。彼の父は、聖歌隊の指揮者で宮廷の事務官でもあった。フリードリヒ・ヴィットは、19歳の時にエッティンゲン家(Haus Oettingen)の宮廷楽団のチェリストになった。
彼の名前を最も有名にしたのは「悩める救世主(Der leidende Heiland)」というオラトリオで、この作品によって彼はヴュルツブルクの王子の音楽監督に就任することになった。そして、その後は没するまでその地に留まったのである。
WIKIPEDIA(英語版)では、彼は上記オラトリオの他に2曲のオペラを書いたとされているが、実際にはもっと多くのオペラを作曲しているようである。NMLの紹介文では、彼のオペラの「大部分は、現在では消失してしまっている」と書いてあるからである。そんな彼の作品の中から、今日は交響曲2曲とフルート協奏曲を収めたディスクを聴いてみた。収録曲は以下の通りである。
1.交響曲 ハ長調 「イェーナ」
2.交響曲 イ長調
3.フルート協奏曲 ト長調 Op. 8