■2014年2月
前回、副作用がきつかったので、薬を少し減量してもらう。
イリノテカンによると考えられる下痢が激しかったので、体表面積1平方メートルあたり180mgのところを150mgの割合で減量。
フルオロウラシルの急速静注は省略した。
1日目。
イリノテカンによるコリン作用対策で、吐き気止めとともに硫酸アトロピンをあらかじめ点滴する。
今回はCVポートを使ったので、オキサリプラチンによる腕、手先のしびれはすぐには出なかった。
イリノテカンに移ると、やはり今回もコリン作用があらわれた。
鼻水、発汗があらわれた。1回目よりひどかった。
病衣、ふとんまで汗でぐっしょり濡れてしまったので、交換する。
硫酸アトロピン追加点滴するとすぐに治まった。
早発性の下痢は今回あらわれなかった。
フルオロウラシルの持続静注は、今回携帯ポンプで行った。
外来通院で、2日目3日目が家でできるよう、円筒状の筒のなかに納めたゴム風船の収縮力により、点滴できるようにした装置である。
夜、ムカムカする。
のどの奥が腫れてるような感じがし、味覚がおかしくなった。
冷蔵庫の冷たいジュースを右手にもつとしびれた。オキサリプラチンによる末梢神経麻痺が出たものと考えられる。手袋を使うことにした。
2日目。
激しい倦怠感。前回は3,4日目に倦怠感が激しかったが、今回は1日前倒しの感じである。
ムカムカする。
食欲不振。バナナ、リンゴ程度しか食べられない。
右手のしびれが顕著。
脱毛が目立ってきた。これは1回目の副作用が今頃効いているのだろうと医師に言われた。
3日目。
激しい倦怠感。ベットから起きられず、看護師の問いかけに返事すらできなくなる。
食欲不振。バナナ、リンゴしか食えず。
絶対、FOLFIRINOXなんか2度とやるものかと思う。
4日目。
口内炎があらわれる。これも前回より1日前倒し。
食欲不振ながら、少しは食べられるようになる。バナナのほか、カップやきそば、いかみりん数枚。
5日目。
食欲はやや回復。サンドイッチ、ゼリー、いかみりん、リンゴ、ビーフシチューの肉2片。
遅発性の下痢が始まる。水便3回。
6日目。
食欲は回復。買ってきてもらった、SUBWAYのチーズローストチキンを食う。
下痢。
7日目。
下痢。水便4回。昨日食べたSUBWAYのチキンがほとんど未消化で出てくる。
腹がぎゅるぎゅる言う。飲んだり食べたりすると腸が反応してトイレに行きたくなる。
食欲はある。昼飯に助六寿司(いなり3個、巻き3個)たべる。
調子に乗って、晩飯に、1階の食堂でラーメンを食った。胃にもたれて苦しい。後悔する。
8日目。
この日は下痢が治まっていて、固形便がでた。
食欲旺盛。持ち込みの、バナナ、イチゴ、焼き鳥、フジッコの煮豆、SUBWAYのサンドイッチなどを食べる。
病院食はほとんど食べない。味が薄い。味覚障害があるのかおいしく感じられない。外食やインスタント食品の味の濃いものが食べやすい。
9日目。
口内炎。
調子に乗って、焼きそばUFOと焼きそばパン (焼きそば重複しすぎ) を食う。
食べすぎで胃が痛くなった。
なぜか、この日、怒濤の下痢。水便9回。進撃の下痢。
10日目。
下痢傾向は続く。水便4回。
CTスキャン。
夜、衝撃の説明をうける。
原発膵癌は45mmであまり変わらず。
肝臓に20mmの転移あり。前回のCTの結果をもう一度見ると、すでに転移があり、今回大きくなっている。
腹膜に5~8mmの転移3個あることが新たにわかった。
肺に炎症か腫瘍かわからない影があり、これは前回から縮小している。
切除不能の膵癌で、転移有り。ステージIVb。
見まがう事なき末期癌。
がーん。(だじゃれじゃないぞ!泣)
フォルフィリノックスは、すごい効いてる訳ではないが、効いてない無いわけでもないという判定。
複数腫瘍の長径の和の増大が20%以下であるから。
効いてないこともないから、フォルフィリノックスの3回目を実施してもよいし、
副作用がイヤなら、ジェムザールに変えてもよいとの医師のアドバイスがあった。
私の気持ちは、半々であった。次回までにどちらにするか決断することになった。
11日目。
下痢がつづく。水便4回。
12日目。
退院。
約1ヶ月かかり、フォルフィリノックスを2回実施して、副作用の出方を把握した。
あとは、通院による治療となる。
12月初旬に入院し、3月初旬になってしまった。
入院は3ヶ月にもなってしまった。長かった。
入院前前は、体重が74kgあり、ファミレスでハンバーグステーキを食っていたのに
今は手足の筋肉がそげ落ち、59kgにやせてしまい、メシもあまり食えなくなってしまった。
3ヶ月の間にボロボロに体力消耗してしまった。
病院に長くいればいるほど、病人になってしまう。
退院をしたものの、
根本治療をしたわけではなく、今後、よくて現状維持で、たぶん徐々に悪くなっていくと予想される。
ほっぽり出されてしまったような、さびしい気持ちになる。
医師、看護師に親切にしていただいたが、所詮私も何十人、何百人いる患者の一人。ワンノブゼム。
あとは一人で戦っていくしかない。ただし、その先にあるのは確実な死。
入院ののち、保険の効く通院治療をおこない、そのうち抗ガン剤も効かなくなり、治療は終了してほっぽり出される。そして緩和治療のみになる。免疫療法やサプリメント、食餌療法にすがる人も多いが、あんまり効いているエビデンスはない。抗ガン剤が効かないのに、にんじんジュースが効くとは思えない。
太平洋のど真ん中で、小舟一艘でほっぽり出されたような気分だ。
僕は何処にむかって漕いでいけばよいのだろう。
22日目。
フォルフィリノックス3回目の予定日がやってきた。
病院で血液検査を行う。
ここでフォルフィリノックスの恐ろしさを再認識する。
ここにきて、骨髄抑制がついにあらわれた。好中球が大幅に減っていた。600個ぐらいしかない。感染すると命に関わる危険な状態。
肝臓の数値、AST,ALTも150位に大幅に上昇。
抗ガン剤治療を行える状態ではないと判定される。
僕は敗れ去りました。フォルフィリノックスに負けました。
(これに耐えられる日本人て、あんまりいないのではないかと思うが・・)
好中球の回復を待ち、次はジェムザールにした方がよいだろうとのアドバイスを医師からもらった。
異存はない。
フォルフィリノックスに負けた悲しさと、フォルフィリノックスから解放されるうれしさが半々であった。