高校を卒業して二十歳になるまで、よく行っていたうどん屋があった。
地元の、寂れた商業施設のなかに入っていた小さな店だった。
幼少の頃からよく行っていた施設ではあったが一度テナントが大きく入れ替わり、そのときにはもう殆ど別の商業施設といっても差し支えないほどに変わってしまっていた。
未就学児のとき、母親に連れられて入ったレストランも、
小学生のとき、友人と門限を越えても遊び倒したゲームセンターも、
中学生のとき、初めて異性と一緒に入った雑貨店も、
全て消え去り、代わりに大手ファミレスチェーンや大型家電販売店によって塗りつぶされてしまった。
かつて、子供ながらにノスタルジーを感じたものだ。
さて、
そのなにもかも変わってしまった商業施設において、唯一変わらなかった店舗があった。
本屋である。
今の自分を形成した店舗の一つで、よく図書券を握りしめてワクワクしながら向かったものだ。
アウトレット本や立ち読みならぬ座り読み(試読)スペースなどがあり、懐が寂しいときなどはそこで時間を潰していた。
その印象深い本屋の隣に、件のうどん屋があった。
前述の通り、大規模なテナント入れ換えによって入ってきた店舗の一つなのだが、他の飲食店とは離れた場所にあり、たまたま空いたスペースに無理矢理ねじ込まれたかの様な店舗だった。
そのせいもあってか、普段から人が少なく店前にかかれていた閉業時間の前に閉めてしまうことも多かった。
常に決められた時間に店を開け閉めする大手ファミレスチェーンとは違い、いつ開いているか分からない不安定なうどん屋。
人気がないことといい、変わった場所にあることといい、高校卒業後やや荒んでいた自分にとってそれがすごく心地よかった。
店に入ると食券機があり、そこでいつもお気に入りのうどんと、胃袋に余裕があればミニ丼の食券を買い、受付のおばちゃんに渡す。
そして店の一番奥、入り口から見えない位置の席に座る。
しばらくすると先程のおばちゃんが食事を持ってきてくれる。
明太子クリームうどん。
店のおすすめであり、後に自分の好物となるものだ。
やや太めのうどんに明太子とクリームの旨味が絡み合う、素晴らしい一品。
夏場など塩分不足のときは醤油を二、三滴かけて食す。醤が明太子の生臭さを強調させるが、それをクリームがやさしくまとめてくれて一層コクが生まれ美味であった。
今でも他の飲食店で明太子クリームうどん、というメニューがあるとつい頼んでしまう。しかし、かのうどん屋で食べたものと比べると些か見劣りしてしまう。
そのせいか、地元に戻る度にあの味を求めてしまう自分がいる。
しかし、大人になってからはその味にありつけたことはない。
自分が向かう時間には既に店が閉まっているのだ。
いつ開いているのか不安定なうどん屋。
一度でもいいから、また食したいものだ。