2011年アジアンリゾート撮影記 その15
再びプーケットへ(その8)
2011/MAR/06
今日は移動日、といってもリゾートのチェックインは午後からなので、久しぶりに寝坊してZeavola(ゼアボラ)の場所の確認やトランスポートの手配でレセプションへ行く。聞けばZeavolaはすぐ隣だと分かり拍子抜けしてしまう。移動も船は使わず荷車を引くトラクターで行くそうだ。その日の午後ドミニクやスーさんへ別れを告げビーチ沿いをトラクターでおよそ500m、ものの5分で緑の木立に囲まれた小さなレセプションへ到着した。


ピピ島は90年代から3星クラスのリゾートや安宿はたくさんあったが、5星はZeavolaが初めてのオープンとなる。ではどこが5星かというと、装飾を一切省き木肌を生かしたたシンプルなヴィラ、同様なスパ、レストランが1950年代の逗子、葉山の別荘の様な気分で泊れることだろう。それはあくまで日本人、それも東京の人間の感覚かもしれないが、外国人の目にもノスタルジックなサマーハウスと映り、施設はパーソナル感が強く満足度が高いと思われる。


ところでZeavolaとは何の意味か、G.M.のケルダー氏によると「ビーチ際で良く見かける植物、光沢のある緑の葉の間に小さな半円形の白い花が咲く。その花を合わせると一つの花に見えるため、タイでは海の恋花(ラク タライ)と呼ばれている」とロマンチックな話だった。そのZeavolaが茂るビーチには黄色のアンブレラと大きなクッションが置かれ、ヨーロピアンが思い思いに時を過ごしている。そこで私も仲間入りとアンブレラの空きを探すが全くダメ、仕方なくヤシの葉陰にパレオを敷く羽目になった。


夜7時半にレストランへ行くと既に満席状態だった。それでも空いた末席に案内され、やっとシンガの泡がのど元を通った頃は8時を回っていた、そして頼んだチキンが出て来たのは9時、一人の食事は慣れてはいるが料理の出が遅いのも結構疲れる。そんなときはその日の出来事を克明に書いていると時間が経つのを忘れる。この文章も3/06日の夜レストランで書いたメモを参考にしているので、あながち料理が遅いのも後で助かる事があるのだ。

2011/MAR/06
今日は移動日、といってもリゾートのチェックインは午後からなので、久しぶりに寝坊してZeavola(ゼアボラ)の場所の確認やトランスポートの手配でレセプションへ行く。聞けばZeavolaはすぐ隣だと分かり拍子抜けしてしまう。移動も船は使わず荷車を引くトラクターで行くそうだ。その日の午後ドミニクやスーさんへ別れを告げビーチ沿いをトラクターでおよそ500m、ものの5分で緑の木立に囲まれた小さなレセプションへ到着した。


ピピ島は90年代から3星クラスのリゾートや安宿はたくさんあったが、5星はZeavolaが初めてのオープンとなる。ではどこが5星かというと、装飾を一切省き木肌を生かしたたシンプルなヴィラ、同様なスパ、レストランが1950年代の逗子、葉山の別荘の様な気分で泊れることだろう。それはあくまで日本人、それも東京の人間の感覚かもしれないが、外国人の目にもノスタルジックなサマーハウスと映り、施設はパーソナル感が強く満足度が高いと思われる。


ところでZeavolaとは何の意味か、G.M.のケルダー氏によると「ビーチ際で良く見かける植物、光沢のある緑の葉の間に小さな半円形の白い花が咲く。その花を合わせると一つの花に見えるため、タイでは海の恋花(ラク タライ)と呼ばれている」とロマンチックな話だった。そのZeavolaが茂るビーチには黄色のアンブレラと大きなクッションが置かれ、ヨーロピアンが思い思いに時を過ごしている。そこで私も仲間入りとアンブレラの空きを探すが全くダメ、仕方なくヤシの葉陰にパレオを敷く羽目になった。


夜7時半にレストランへ行くと既に満席状態だった。それでも空いた末席に案内され、やっとシンガの泡がのど元を通った頃は8時を回っていた、そして頼んだチキンが出て来たのは9時、一人の食事は慣れてはいるが料理の出が遅いのも結構疲れる。そんなときはその日の出来事を克明に書いていると時間が経つのを忘れる。この文章も3/06日の夜レストランで書いたメモを参考にしているので、あながち料理が遅いのも後で助かる事があるのだ。
