チェスの盤面を挟んでナチスの将校と相対し、壮絶な神経戦を繰り広げる話、だと思ってました。

が、違います。もっと凄絶な精神の戦いでした。

シュテファン・ツヴァイク著「チェスの話」が原作です。


ツヴァイクによるマリー・アントワネットの伝記(を少女向けにしたもの)を小学3年生で読んで以来、マリー・アントワネット大好きになり、この作者にも尊敬の念をずっと抱いていました。

その割にはツヴァイクに対して何もしてなかったので、この映画を知った時に、

「うーん、チェスできないし。あ、でもツヴァイク原作?観よ!」

という訳で、ルールもやり方もわからないチェスの話でも受けて立つよ(ただ観るだけ)、という心の前準備で観に行ったのでした。


映画が始まっても、意外にもチェスが全く出て来ません。

しかも主人公ヨーゼフは、チェスなんてやらない派でした。

ナチス将校「チェスはやるかね?」

「あれはプロイセンの退屈なゲームさ」とヨーゼフ、

それに対してナチ将校「チェスには最高の瞬間がある、相手のエゴを砕く時だ」

と、この辺からもう、ナチ将校vsナチスが威圧的に併合しようとしているオーストリアの文化人市民、のギリギリ神経を絞るような、緊迫したやり取りが始まります。


ヨーゼフはウィーン在住の公証人(お父さんと親子二代で)で、貴族の財産管理を多数手掛けている富裕層の紳士。

文学とオペラとワインを愛する自由な教養人で、高価そうな装いも優雅な口髭もきまってる。

奥さまのアンナもエレガントなドレスを着こなすゴージャス美人にして、お気に入りの古典文学を旦那さまに教えたりする知性。

ホテルの大広間で踊りながらヨーゼフに「ね、ダンスしている限りウィーンは大丈夫よ」とささやく彼女のその言葉は、この映画の象徴でもあると後に思いました。


チェスを嗜まないヨーゼフが、なぜ世界チャンピオン(このミルコというチェスの天才も、その人主人公で物語一つ・映画一本観たいほど興味深い人物像なのです)を破るほどの腕前になったのか?

しかもその試合で初めて、彼は本物のチェスの駒を自分で動かしたにも関わらず?


ナチスは資金を集めてるからお金持ち貴族の財産を没収したくて、ヨーゼフにそれらの口座番号を吐け!と迫るのです。

それらが記載してある書類は、ナチが押収するのを見越してヨーゼフが焼き捨てました。

(暖炉に投げ込む前に必死でそれらを暗記する姿に、優雅な紳士面とは違った、凄まじいまでのプロ根性を見ました)

で、ナチスなんてファシズムなんて大嫌いさ、のヨーゼフはエレガンスで煙に巻く反抗的態度でして、当然のように監禁されてしまいます。

吐いたら帰してやる、って。


最初は高級ホテルの一室で、3度の食事にタバコも付けてもらえる。

でも、尋問以外誰とも話せない、お食事お運びの兵士(この人にもまた、興味を持たずにはいられない。当然ナチス軍人でヨーゼフの監視が仕事だけど、心の動きが絶妙に)も口きいてくれないし、本もなければ新聞(懇願したんだけど)もカレンダーも無い。

髭が伸びたら髭剃り道具は貸してくれる。でも。

精神的に段々と追い詰められていく様が、ヨーゼフの様子で伝わってきます。

オペラ帰り(に拉致され監禁された)の夜会用のドレッシーな装いも、段々と汚れヨレてきます。

それでも、尋問の為に部屋から連れ出されてナチ将校に相対する際には、服装を整える、これはお洒落さんだからというよりは、屈しないぞというプライドを表しているように思えました(戦争という極限状態の中で身だしなみを整える、それは山崎豊子著『ムッシュ・クラタ』の倉田氏を思い出しました)。

服装は人と思想を語る、ですよね。


ある日、隙を見て尋問官のお部屋で一番盗りやすかった本を一冊懐に忍ばせ、監禁部屋に持ち帰ります。

すがるように何かを読みたかったのでしょう(わかるし、そのわかる範囲超えて切実に必要だったはず。

期待に胸震わせ開いてみたら、チェスの教則本だった!くっそう!俺はチェスなんかやらん!バシン!

思わずその本を投げ捨てるヨーゼフ。


しかし、すがる思いはチェス憎しの思いを超えて、その本を拾い上げさせます。

そしてそこからものすごい集中力でチェスのルールを独学し、棋譜を読み込み、上達していくのです。

部屋にあるもの、手に入る貴重なもの(これは映画を観ての驚嘆の為に言わない)を駆使&DIYして盤で駒(的なもの)を動かす模擬練習したり。


教養や学びを続けることで、極限状態でも心平静を保つ、または取り戻すことができるんだと、ヨーゼフの姿に学びました。


ヨーゼフも尋問官から言われるんです。

君の金じゃない。さっさと我々に教えてくれ。指一本触れずに帰してやる。

そうですよ、他人の貴族のお金です。ヨーゼフのお金じゃない。

家に帰ってさっさと亡命でもしようよ!とこちらも気を揉みたくなります。


でも、誰の金であろうとナチスになんかくれてやるものか、という彼の意思が伝わってきます。

ナチス独裁主義に屈しないことは、自由な国を守ること、自分の心の問題なんだ、と。


ヨーゼフ、最後までナチスが知りたかった情報を教えることなく、釈放されます。

一年の長きにわたる、酷い拷問の監禁生活を生き抜いたのでした。

尋問官はヨーゼフの勝ちだと言います。

でも。でも、彼はその時には


ツヴァイクもナチスから逃れるためにイギリスに亡命し、そこから更に三カ国を転々と移動、ついにオーストリアに戻ることなく「チェスの話」を書き上げてから妻と共に命を絶ったことを思うと、彼ら(ツヴァイクとヨーゼフ)は命と人生を賭けてもナチスから魂の自由を守ったように思えました。


自分を壊してでも守りたいもの、それは自分のプライド。

自分を壊さないように頼るもの、それは書物、文学、教養。

それをこの映画(と読んで無いけどツヴァイクの原作)が教えてくれます。

いい映画だった!しょうむない心で観て、よかった!


余談ですが、ヨーゼフを演じたオリヴァー・マスッチさんは「帰ってきたヒトラー」でヒトラーを演じてらっしゃいます。

す、すごいですね。

「帰ってきたヒトラー」はコミカル仕立てで段々空恐ろしくなる映画。

笑われていたマスッチさん演じる「ヒトラー総統」が、笑ってる賢いつもりの人々を愚民のように操って世界征服の野望を再び?という強烈な風刺の名作。

思い出しただけで怖くなる。

マスッチさん、今回のヨーゼフも鬼気迫る迫力でした。

凄いです。


はぁ。本当に両方とも観てよかった❣️

いい映画、ありがとうございます😊