ランドセルおじいちゃん -18ページ目

ランドセルおじいちゃん

生まれた時から死刑宣告

 
 
んー、無駄に歌うまいから載せときます
 
 
今日ちょっと落ち込んでる人の話を聞いて思ったことがあるんだ。
人との関係のことなんだけど、時代なんか国民性なんか、まー何に起因してるかなんて知らんが
やっぱり「気付き」の文化なんだなーと思った。
 
人それぞれいろんな付き合い方があるにしても、人の悪いところってあまり面と向かっては言わないですよね。
というのも、それが悪いかどうかというのはまた人それぞれだからね。
要は、その人がそれを嫌かどうかなんよね。
 
言わなきゃ分からないなんていったりもするけど、やっぱり気付くってことは重要だよね。
 
やはり仲のいい人には、そのことは前から分かってて欲しいっていうのもあるだろうし。
同じ認識を持っていて欲しいというのがあるからね。
 
 
だから自分の中で重要としてる認識を仲の良かった人が、決定的に違う認識を持っていると
なんというか、すごく残念なんだよね。
 
 

わかるなー
 
同時にそう思われてた側はどーすりゃいーんだろうとも思ったよ。
きっとそういったときは本人にその旨を言わんしね。 
だから気付くことが重要になってくる。
 
 
ただ最後に言いたいんだけど、本人に言わなかったりするのは
ショックで言えなかったっていう場合もあるんだと思う。
それは本当に仲がいい、共通の認識をもっているだろうと思っていたから。いい加減な付き合いじゃないから。
そーゆー時もあるよって話。
 
 
 
 
 
 
 


 
 
このまますべてが叶うような そんな気がしてた
明日も頑張ろう
 
 
 
聞くとまた前向きに生きていけるなー
 
 
 
日付も変わり今日は三月の七日
陰暦ではもう弥生。弥生というのは草木が芽吹くことを意味するそう。
確かにそんな季節。
この前なんか、間違いじゃなけりゃ桜を見ました。

 
周りの友人たちも、それぞれの道を進んでいるみたいで、
CMにでるだとかいうやつやら、俺はあそこで勉強するよとか
方向は様々ながらだんだん芽吹いているよう。


 
そんなことを聞いていますと、自分は何をしてるんだろうと、
なんだか取り残されているという感じが少し、いや正直大いにする。
 


自分自身、傍観者にはなりたくない。
たとえば友人が偉業を成し遂げたとしたら、そいつにすがりつくような真似は
絶対にしたくない。
そんなのは寄生虫と同じ。友達じゃない。
 
 
まぁあせらずに

 
  
 
 
 
 
なんて終わり方にしない、突っ走ってこけて、また突っ走るのがベスト