前田利家のふるさと名古屋市中川区の荒子城と前田城歴史散策の史跡巡り
愛知県、名古屋市の城巡りや歴史探訪の会である、愛知ウォーキング城巡りクラブで名古屋市中川区の城巡りと史跡巡りに行ってきました。名古屋市中川区は加賀百万石の礎を築いた前田利家の生誕地です。濃尾平野の平城が多い地ですが、歴史的に有名な史跡も多いのが特徴。今回は前田利家の生誕地を中心に巡ってきました。生誕地はどちら?前田利家が生まれた場所、つまり誕生地については次の2つの説があります。●前田城で生まれ荒子城で育った●荒子城で生まれ荒子城で育ったこれは前田利家の父・前田利春(前田利昌)が利家が生まれたあたりに前田城から荒子城へ拠点を移しており、利家生誕地がよく分からない問題があります。前田城は前田速念寺。荒子城は神社になってます。なぜ池田恒興の生誕地が名古屋?あおなみ線・荒子駅から南へ約450mの場所にある荒子東公園辺りは池田恒興の父・稲田恒利の屋敷があった場所と言われています。このことでこの場所が池田恒興が生まれた生誕地と言われているのです。池田恒興は織田信長と乳兄弟で、信長とともに各地を転戦、本能寺の変後に行われた清須会議に参加したひとりでもあります。小牧長久手の戦いで討たれてしまいますが、次男の池田恒興は今の残る姫路城を作るなど、歴史に名を残す一族です。尾張四観音とは荒子観音は前田家の菩提で、前田利家が奉納した甲冑が発見された場所でもあります。また尾張四観音のひとつです。尾張四観音とは徳川家康の命で名古屋城が築かれた時、名古屋城の鎮護として定められた古刹の寺。名古屋城を守るように四方向にあります。●笠寺観音(南区)●荒子観音(中川区)●竜泉寺観音(守山区)●甚目寺観音(あま市)ちなみに中区・大須にある大須観音は尾張四観音ではありません。その理由は、大須観音は名古屋城が築かれた後に現在の岐阜県羽島市から移転してきたので、新しい(それでも400年以上ですが)観音なのです。尾張四観音は名古屋城が築かれる以前からその場所にありました。郷土史の城も!今回は助光(すけみつ)城址というマイナーな城址も訪れました。福留左近将監(ふくどめ さこん しょうげん)の城址と言われてますが、詳細がわからず、遺構も残っていません。石碑と地名がかつての助光城を偲ばせています。私の感想加賀百万石の礎を築いた前田利家の故郷は、濃尾平野で米が多く収穫できる豊かな地でした。でも平地で海抜も低いことから、田んぼは作りやすいのですけど水害にも遭いやすかったのだなと思いました。この辺りは大きな道路も通っているので車で通り過ぎる人も多いですが、実際に歩くと城と城の距離感や下がっていく高低差など体感という学びがありました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【一緒に愛知の城巡りしませんか?】愛知県の城址や戦国史跡を現地集合解散で巡る城の会・【愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)】。活動は夏季を除く毎月第一土曜、もしくは日曜日。城好き、戦国好きの集まりですが知識の多い少ないは関係なし!好きならそれでOKです。入会費や年会費などもないので、あなたも気軽に遊びに来てみませんか?>>愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)の詳細はこちら