日本100名城で世界遺産の姫路城の見どころは国宝天守だけではありません。石垣も注意深く見てみるといろんな発見があります。石垣を見ていると何やら不自然に加工された石があるのです。
実はこれ、墓石など元は別の場所と用途で使われていた石をリサイクルした転用石(てんようせき)というものです。なぜそんな事をしたのかという理由はいくつか考えられます。
・地元での石の切り出しが困難
・すでに加工されているから石垣に組み込みやすかった
など。
ではどんなものがあるのかチェックしてみましょう。
さりげなく墓石
なにやら文字が刻んである明らかに墓石みたいなものが組み込まれています。
石灯籠の基礎部分
こちらは石灯籠の基礎部分を門の礎石に組み込んだものです。確かにすでに平らなので礎石にしやすいですね。
石棺
近くの古墳から持ってきたと考えられる石棺。これもすでに加工されているので石垣に組み込むには手間がかかりません。ところで中身(遺体)はどうしたのでしょうか…
石臼
石垣に組み込まれた白い石。実はこれ姥ヶ石(うばがいし)という名前が付いた石臼(いしうす)なのです。そしてこの石臼には次の様なエピソードがあります。
羽柴秀吉が姫路城を改修していた時、思うように石垣の石が集まりませんでした。それを知った城下で餅を焼いて売っていた貧しいお婆さんが、石臼を寄付したのです。
この評判は国中に広がり、たくさんの石が寄付されて姫路城の工事は急速に進んで見事な城が完成しましたとさ。
というハナシですが、この石臼がある石垣部分は秀吉時代のものではなく、慶長五年(1600)の関ケ原合戦後、姫路城主となった池田輝政時代に築かれたものなので、伝説なのでしょう。
そしてオマケ
これは転用石ではなく五芒星(ごぼうせい)が刻まれた石。陰陽師・安倍晴明で有名な星のマークといえばわかりやすいでしょうか。こんなのも姫路城にはあります。
私の感想ですが姫路城はいろんな時代の石垣があり、石垣が好きな人は特に楽しめると思います。特に私が住んでいる愛知県の城は転用石がほぼなく、岡崎城くらいなおで貴重な見学になりました。
姫路城は築城以来、修築工事が現在まで続けられています。地元の研究者の方やガイドによると、小さなものも含め常にどこか修復され続けているそうな。これからも工事の途中で未発見の転用石等も出てくるかもしれません。
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