【熱田神宮レポ 12/16】
熱田神宮がある名古屋市熱田区に、徳川家康ゆかりの地があります。
それがココ、加藤順盛邸跡です。
厳密にいえば、家康というより、幼少期の竹千代時代ゆかりの地といったほうがよいのでしょうか。
さて、なぜココに竹千代がいたのか?
時代は桶狭間合戦前。
信長の父・織田信秀と家康の父・松平広忠が戦っていたころのオハナシ。
この頃、松平家は家康の祖父・松平清康が25歳という若さで暗殺され、家康の父である広忠が当主でした。
しかし単独で存続するのは難しく、駿河の今川氏のチカラを借りるしかなかったのです。
その見返りとして今川氏は広忠の嫡男・竹千代を駿河に人質として送ることを要求。
松平広忠はこれを承諾。
しかし竹千代を駿河に送る途中、田原城主の戸田さんに竹千代は奪われ、こともあろうに戸田さんは織田家に竹千代を売り飛ばすという事件が起こってしまいました。
(竹千代事件)
さて、売り飛ばされた竹千代ですが、当時、熱田に勢力を持っており織田家とも親密だった加藤順盛に預けられることになりました。
ということで、その加藤順盛の屋敷があったといわれる場所がココなんです。
↑ 現地の看板。
これを見ると、那古野城に連れて行かれ、岡崎城に戻ったかと思いきや、駿府に送られていた事がわかります。
う~ん…凄まじいですね。
ちなみに現在、この地は観光地というワケではなく、普通に民家です。
建っている看板は拝見できますが、迷惑がかからないようにしましょう。
※ 続きを読む ⇒ (13)海の東海道・宮の渡し
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