【織田信長ガイドブックを攻略せよ!】 (長篠の戦いコース)
前回の記事で、長篠設楽原合戦の馬防柵は、単に柵だけではなかった事がわかりました。
攻める武田側から見ると、
湿地帯 → 連吾川 → 堀 → 馬防柵 → 土塁
これらを越えなければ、敵のもとへは、たどり着けなかったのですね。
なので織田・徳川連合軍は柵の中から鉄砲を撃っているだけでよかった。
被害らしい被害もほとんどなかったんです。
一方武田軍は、馬防柵の前に死体の山を築くのみでした。
しかしこんな中、なんと馬防柵までたどり着き、柵を引き倒そうとした武将がいました。
それが土屋昌次です。
織田・徳川連合軍に有利な地形の中、鉄砲の雨を潜り抜け、なんとか柵にとりついた土屋さん。
連合軍にとっても、この行動は脅威だったと思います。
もし柵が引き倒され突破されれば、接近戦になり鉄砲はほとんど使えません。
鉄砲を使わない織田軍は数で勝っているにせよ、接近戦でどこまで武田軍と戦えたのか?
徳川にしても武田との接近戦は三方原のトラウマがある…
もしここで土屋さんを皮切りに柵を引き倒す流れができていれば、戦の結果も変わっていたのではないでしょうか?
↑ しかしその土屋さんも、柵にとりついたまま討たれてしまいました。
戦国最強といわれた武田軍も、この連合軍の備えを突破するのは難しかったようですね。
突破を試み柵までとりついた土屋さんの勇姿は今でも長篠に語り継がれています。
これからも合戦と共に、土屋さんの活躍も忘れられる事はないでしょう。
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