ヨーロッパ放浪1996年12月6日(7)
13:00 ロンドン行きの列車に乗り、竹内君にいろいろと旅(主にロンドンのミュージカルのことや、フランスの行きかた)を教わる。14:30 人に影響されやすい僕は、ロンドンに戻ってすぐ、人気のミュ-ジカル『キャッツ』のチケットを買いに行く。
「トゥデェイ、チケット、ワン、プリ-ズ」
やはり、英語は気合です、気合、何と通じるものです。
地下鉄に乗り、またまた、ホテル近くのイタリアンレストランに行き(ホワイトソ-スパスタ、オレンジジュ-ス)7ポンドを頼む。食事のとき、膝の上にナフキンを置く。それ常識。
16:30 ホテルに戻る。ベッドに横になり、やっとサリンジャーの『ライ麦で捕まえて』を読み終える。
18:00 シャワ-を浴び、身だしなみを整え(といっても、まともな服はなく、それでも一番見栄えの良いセーター&ジーンズを着る)、さあ、キャッツに出発だ。ミュ-ジカルって始めてなんだよね、こんなカッコでいいのかな。
地下鉄に乗るが、ちょうど地獄のラッシュ時間。黒人さんの頭が3cm目の前までくるは、ドアに挟まれるは、四方八方から押しつぶされるはで、もう目茶苦茶。キツイ、苦しい、助けてくれ~。
もみくちゃにされながらも、地下鉄を下りる。さあ、いくべか(北海道弁)。
19:40 チケットを買いに行った昼間見た街の風景と、同じはずの夜見る街の風景とではまったく印象が異なり、迷いに迷ってしまう。このまま歩いて劇場を探していても、ミュージカルの時間に遅れてしまいそうだった。ちょうど通りがかったタクシ-に乗り、劇場へと横付け。19:45の開演時間には何とか間に合う。
こぢんまりとした劇場で、とても感じが良く、こんな僕でもすんなりと、受け入れてくれる許容量がここにはあった。そして、従業員の対応が素晴らしく良い。
ちょっとずつ迫りくる興奮と緊張の中、ミュージカル『キャッツ』が始まった。やわらかく、しなやかなで息のあったダンスのハ-モニ-。始めてのミュ-ジカルで、こんなに凄いのを見てしまっていいのだろうか。うひょー、学芸会のアレとは、じぇんじぇん違う。波が引いては押し寄せるが如く、メリハリの効いたステ-ジ。そして、『メモリ-』のソロへと一気に佳境に流れ込む。ああ、見に来てよかった。
23:00 ホテルに向かう帰り道、人気のないところで、たえず頭の中をくり返し流れる『メモリ-』と一緒に、僕は踊りながら歩いていた。すぐ、影響されるんだよね、オレってヤツは。
ホテル近くで中東の名物料理カバブ-のガーリックソース味、コンビニにて、100%オレンジジュ-スと石鹸を買う。
12月12日(木)曇り
6:00 目を覚ます。昨日のカバブ-・ガ-リックソ-スの匂いが、部屋中に充満している。寒いけど、窓を開けておくことにする。そういえばロンドンに来て、いまだ太陽を拝めず。
9:00 窓を開けていたことをすっかり忘れ眠ってしまい、凍えながら目を覚ます。シャワ-でも浴びよ-かな。
いつものようにホテルの朝食(パン3枚)では余りにも味気ないので、バ-ガ-キングに行き、Bセットを注文する。4ポンド。ホテルの朝食とそう大して変わらないか。
11:00 地下鉄でウォ-タ-ル-駅に行き、ユ-ロスタ-のチケットを買う。
「リザベイション、プリ-ズ、ディスウィ-ク、サァタデイ、パリ、ワン」と、僕のアホ英語でも余裕に通じた。
ここのチケット売りのおじさんはとても親切で、「日にちを間違えるな」とか「一時間前に来てなさい」とか、繰り返し言いながらチケットに書き込んでくれた。おもっていたよりもイギリス人っていいひとが多いですね。
ユーロスターのチケットをお腹にしまい(といっても、ドラえもんじゃないんだから、腹にポケットがある訳じゃなく、大事なものを隠しておく袋を腹に巻いているのだ)街に向かって歩く。
昨日までの自分は、「早く時間が過ぎてしまわないかな」とか考えていたが、今は違う。一日一日が尊くおもえ、この一日を大事に刻み込んで歩いていこうと心に誓う。
11:30 ナショナルギャラリ-に入る。知らん画家ばっかり、知っている人だけ上げてみる。ラファエロ、レンブランド、タ-ナ-、ゴヤ、ピサロ、エッチな絵が多い。
さて、レオナルド・ダビンチの凄いってやつも見たし、さあ、行くかなぁ。
13:00 ピカデリ-サ-カスを歩いていると、不意にお茶漬が食べたくなる。うー、さらさらさらっと、お茶漬けを流し込みたい。
お茶漬けをあきらめ、セントジェ-ムスパ-ク内のベンチに座り、クロワッサンとコ-ヒ-を食べる。ハトに黒はくちょう、鴨や見たことのない鳥などがたくさん集り、クロワッサンをねだってきます。手からパンをあげる僕は、まるで気分はムツゴロウ。だが、飲みかけのコ-ヒ-の中に、ハトの糞が命中する。恩知らずどもが。
14:30 心から冷える寒さにおののき、チェックのマフラ-を5ポンドで買う。あったかいよ~。
ソ-ホ-にて「北海」なる寿司屋を見つける。値段が高いのでメニューだけ書いておく。寿司定食 26ポンド、ら-めん 6ポンド、ざるそば 5ポンド、カツ丼 11ポンド。高いなぁ。
メニュ-を眺めているその横を、ル-ズソックス女子高生二人組が何故か歩いていた。僕は悪い夢を見た後のように、驚きながら眼を凝らして見るが、やはりどう見ても女子高生が歩いている。恐るべき、ロンドンでもル-ズソックス。
15:15 何も考えないで、インドレストランに入る。なぜかテーブルの上には、ワイングラス、ナイフ、フォ-ク、ナフキン等がきれいに並べてあり、こんなカッコで入ってはいけないみたいだった。お店に入ったが最後、出るに出られず、根性決めて椅子に座る。チキンカレ-、いもカレ-、ライスとビ-ルを頼む。16ポンド。頼んでないのに、ナン(インドのパン)が出てきた。
16:00 満腹になり外に出て、カッコよく鉄柵を飛び越そうとジャンプするが、膝をもろにぶつける。あざが出来ちゃうよ、きっと。
露店の果物屋さんでリンゴ、みかんを買いホテルに戻り、そのまま眠ってしまう。
つづく・・・・。
ヨーロッパ放浪1996年12月6日(6)
12月10日(火)曇り2:30 目を覚まし、する事もないのでテレビを見るが面白い番組はなく、もう一眠りする事にする。
8:00 起きて、シャワ-を浴び朝食へ。(パン3枚、コ-ヒ-)
ホテルのフロント(フロントというほど立派なフロントではないが)に行き、もう三日間、泊まることをお願いする。懸命に言えば、何とか通じるもんだね。
10:00 ホテル近くのコインランドリ-で洗濯をする。洗濯が終わるまでの時間を、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』で読み潰す。
が、いくら洗濯機を回せど泡が立たない。なんてことのない、洗剤の入れ忘れだった。2ポンドなり。
洗剤を入れなくても結構きれいになるものだ。コインランドリーというだけあって紙幣が使えず、ここの隣の商店で買い物して大きいお金を細かくしようとしたが、店番のおばちゃんに
「おっきいお金はダメ」と、これから小銭が必要だっていうのに、財布から取られる。
11:30 生乾きの洗濯物をホテルに置きに戻り、金のほか何も持たず、地下鉄に乗ってみる。行き先はテートギャラリーという美術館だ。
財布のなかを見て、我ながら予想以上の金遣いの荒さに驚く。これから先は長いんだし、少し引き締めねば。
地下鉄を下りて、外人さんにテ-トギャラリ-の場所を尋ねると
「レフト」「ファイブミニィッツ」とか教えてくれたので行ってみたが分からず、その後、3人程に道を尋ねて、やっと到着する。
テ-トギャラリ-前でハンバ-ガ-を食べて館内に入る。こちらの博物館なり美術館は入場無料のとこが多く、これだもの文化レベルが自然と上がってくる分けだよなぁ-と、ひとり納得する僕であった。
絵画には余り興味は無いが、聞いたことのある画家の名前をあげてみる。マチス、ゴ-ギャン、ロダン、ダリ、キリコ、ピカソ、そして、タ-ナ-って人の絵が多いけど、いったい彼は何者なのだろうか。結論から行って、美術館には暇つぶし程度で来るものじゃなく、予備知識を少しでも頭に入れてきた方が良いとおもった。だってさ、全く分からんし、つまらないもんね。
13:00 初めてのピカソも見たし(凡人の私にはさっぱりわけのわからん絵です、ピカソは)、さあ行くか。
セントジェ-ムスパ-クより地下鉄に乗り、ウォ-タ-ル-駅にユ-ロスタ-(ユーロスターとは、ロンドン-パリ間を3時間で結ぶ、めっちゃ早い列車なのだ)の下見に行く。この駅はとても近代的で、まるで空港のロビ-を思わせる物がある。もう少しいいカッコしてくれば良かったかな。
ウォータールー駅から地下鉄に乗り、ホテル近くのイタリアンレストランに入り、ボンゴレパスタ、コ-ヒ-を頼む。日本でスパゲッティ-を食べる練習しといてよかったなぁ。
15:00 ホテルに戻り、ベッドに横になりパンツ姿で本を読む。
12月11日(水)曇り
0:30 気がつくと眠ってしまったようだ。さて、今日は何しようかしら。そうだ、あの有名なストーンヘンジを見に行こうかな。
7:00 二度寝をしてしまう。さすがに16時間も寝続けると背中が痛い。シャワ-でも浴びるとすっか。
朝食を食べにいく。隣に座っていた、おじいさんと同じくコ-ヒ-をブラックで飲む。やはりコ-ヒ-はブラックだよねブラック。ブラックは旨くないなぁ。(パン3枚、コ-ヒ-、オレンジジュ-ス)
8:15 地下鉄に乗る。こう言っては何ですが、ロンドン人より切符を買うのは早いぞ俺は。・・・10分後、そんな事いっていながら、間違えて行き先とは反対方向に乗ってしまう。
9:00 ウォ-タ-ル-駅に到着し、ロンドン、ソ-ルズベリ-往復券を買う。19ポンド。ソールズベリーには、有名なストーンサークルがあるのだ。
ここの駅は駅構内なのに寒く、そんなことはお構い無しに35分ぐらい待ち時間があり、ペラペラのジャンバーしか持ってきてない僕は、身を小さくしながらベンチで震える。「マフラ-でも買おうかな」と人知れず呟く。さむいよ~。
出発10分前だというなに、何番ホ-ムから列車が出るのか分からない。焦る、いい加減にしてくれ国鉄さんよ。
5分前でやっと表示され、急いで列車に乗り込む。
9:35 こちらの列車は時間にル-ズと聞いていたが、そんな事はない、時間通りに出発です。適当に開いている所に座ったけどいいのかしら。誰か来たら、あやまればいいかぁ。
見るからにイギリスという風景が流れていく。ぶざまな僕の人生もいっしょに流れていく。そんなものだろう、きっと。
11:00 ストーンヘンジのある街、ソ-ルズベリ-に到着。ホ-ム内で東京の大学生の竹内君と知り合い、彼とともにバスでストーンヘンジの場所まで向かおうと思ったが、二人とも搭乗口がさっぱりわからず、バスに乗ることを諦め、タクシ-に乗り込んだ。いざ行かん、スト-ンヘンジへ。
それが遠いのなんの、南野陽子ってなぐらい遠いんだから、片道で20ポンドもかかってしまった。本気で切り詰めねば。
広く何も無い牧草地の真ん中に、ぽつんとそれ(ストーンヘンジ)はあり、足下をみると、辺り一面満遍なくコロコロとした羊のフンが転がっていた。誰が何のために造ったのか、いろんな説が多々あるけど本当のことは誰にも分からない。でも出来る事ならば、あのスト-ンヘンジに触れてみたかった。柵で囲まれていて触れなかった、残念。
12:30 ソ-ルズベリ-の町に戻り、この町でストーンヘンジに並び有名だという、ソールズベリー大聖堂を見に行く。イギリスの教会の中では最大級の教会らしく、やはりでかい、大きい。これが人の手によって造られたとは。しばらく呆然と芝生に座り眺めていた。
キングバ-ガ-にてBセット(ハンバ-ガ-、フライドポテト、コ-ラ)を食べる。
つづく・・・・。
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ヨーロッパ放浪1996年12月6日(5)
懐かしきロンドン編(イギリス)1ポンド=200円くらい
15:19 とうとう一睡も出来ずに、ロンドンはヒ-スロウ国際空港に到着す。
入国手続きの用紙に手間取るが、その列に一緒に並んでいた、関西の某会社のNさんと知り合い、分からないところを教えてもらって何とかクリア。
Nさんによると、僕の後ろの席に座られていて、『ビジネスクラスに、こんな若いやつが乗っているんだろう? 周りからも浮いているし』とずーっと疑問を感じていたそうだ。
「そういえば君、泊まる所どうするの」
とのNさんの問いかけに、
「どうにかなりますよ」
と、気楽に答えてはいたものの、だんだん夢のような自分の世界から、現実の世界に引き戻されてしまい青くなってしまう。
「空港内にホテル予約センターがあるから、そこに行ってみたら」
とアドバイスを受け、30分程、空港内をNさんと歩き回り、ホテル予約センタ-を見つけ
「チ-プ、ホテル、えーと、スリーナイト、リザベイション、プリ-ズ」
と世にも素晴らしい流暢な英語で、1泊22ポンドの安ホテルを予約することに成功する。なんと朝食付きで。
Nさんの御好意により、空港からロンドン市内まで、かの有名なロンドンタクシ-に相乗りさせてもらうことになる。
16:30 有名なロンドンタクシ-に乗って30分、僕が3日間お世話になる『ハ-フム-ンホテル』に到着する。うまれて初めての共同トイレ、共同シャワ-には参ってしまったけど、従業員の皆さんはとても好感が持てるのでよしとする。
部屋に荷物を置き、地下鉄に向かう。実はさっき、Nさんとのお別れの際、せっかく知り合ったのだからと、お食事に誘ってくれたのだ。
地下鉄を探すものの迷ってしまい、ひと駅違う駅まで歩いて来てしまう。
キップの買い方が分からず、券売機のところでうろちょろしていると、ベトナム人らしき人が来て、地下鉄のキップを僕のポケットに押し込んでくれて、何も言わずに行ってしまった。隣にいた黒人さんがそれを見て「オウ」と微笑んでいた。そのチケットには、『ワン デイ チケット』と書いてあり、今日の最終の地下鉄まで乗れるものだった。とても、とてもうれしい気分なる。
何とか、Nさんの泊まっているホテルまでたどり着き、コ-ヒ-を御馳走になる。部屋は17階にあり、見晴らし最高。聞く所によると、僕のホテル代の4倍の値段だそうだ。ちくしょう、いつか俺だって泊まれるさ。
18:00 Nさんに連れられ、ロンドン一番の繁華街、ピカデリーサーカスへ。メリ-ゴ-ランドやらお化け屋敷やらを見ながら、人だかりの中をウキウキしながら弾むようにして歩く。
ややしばらく歩き、1件のベトナム料理の店に入り、BセットとCセット、あと2皿を単品でたのむが、出てきた量の多さに驚く。ちょっと甘めのベトナムビ-ルで乾杯。自分で包む生春巻、チャ-ハン、ス-プ、牛の串焼き、ベトナム風うどん(フォー)、その他もろもろ。初めてのベトナム料理、美味しくいただきました。
19:30 腹もはち切れんばかりにふくれ、店を出る。そのまま近くのBARに入り、ギネスビールでまた乾杯。本場だねぇ、うめぇ-。旅の疲れが出てきたのか、ほどなく酔っぱらいの仲間入りを果たす。
22:30 Nさんには、何から何まで世話(おごってもらった)になってしまい、再会を誓い握手でお別れをした。
ホテルに戻り早々、疲れが溜まっていたのか、テレビ・蛍光灯を付けたまま爆睡してしまう。
12月9日(月)曇り
7:00 目を覚ましシャワ-を浴びる。外は真っ暗、夜の如く。そんなに腹は減ってなかったが地下の食堂に向かい、薄いパン3枚、コ-ヒ-、オレンジジュ-スを食す。
さっさと朝食をすまして部屋に戻り、テレビで名犬ラッシ-を懐かしく見る。ラッシ-は外国で見ても理解できるもんだね。
10:00 ホテルから歩きはじめて35分、まったく土地勘が分からず、日和ってタクシ-に乗ってしまう。よくよく地図で調べて見ると、逆方向を歩いていたらしく、11ポンドもかかってしまった。灰色の曇り空を眺めながら「節約しなきゃ」と独りつぶやく。
大英博物館を見学。世界各国からの略奪品(言葉は悪いけど)が所狭しと陳列されている。いやはや壮観、壮観。でも、こうやって管理していかないと後世に残していけないと思ったりもした。勝者の論理だろうけど。日本刀の名品も多数(新籐五国光の短刀など)置いてあり、大満足、大満足。
12:00 見学中、とてつもない空腹感にみまわれ、館内のレストランに入る。11ポンドもかかってしまい、なおかつ凄くマズイときたもんだ。どれくらいマズイかというと、煮野菜のサラダなんかを例にあげると、ブロッコリーやジャガイモは色素が抜けてデロデロになるまで煮てある。それでなお塩気がなかったりと・・・美味しいものを作る気があるのでしょうか、ここのシェフは?
14:00 博物館を出てリンゴをかじりながら、足の向くままに歩いていく。ロンドンの街はクリスマスム-ド一色で、ちょっと歩いただけで3人ものサンタに会う始末。話は変わるけど、さっきすれ違ったイギリス人男性がマフラ-で、おもいっきり鼻をかんでいた。紳士の国だろ、ここは。
17:00 ホテル近くまで歩いて戻り、ス-パ-マーケットで買い物をする。イチゴ、鶏肉のロ-スト、サンドウィッチ、オレンジジュ-ス、シャンプ-で9ポンド。このスーパーマーケットで買ったイチゴ、プラスチックで作ったみたいに堅くて旨くない。イギリス人はこんなものを喜んで食べるのでしょうか?
ホテルに戻りテレビを見ながら、サンドウィッチと鶏肉をむさぼり食べて、オレンジジュ-スで流し込む。それにしても、ロンドンの物価はとても高いざます。
つづく・・・・
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ヨーロッパ放浪1996年12月6日(4)
17:30 日本で話題の最新作『インディペンデンスデイ』を観る。アメリカ映画よろしく、ハッピ-エンドで終わる。こんなものざんしょ。
先ほどチョコレートをくれたスチュワーデスさんが、ハ-ゲンダッツのアイスを持ってきてくれたので、そのついでに、行ければ行こうとおもっていたエジプトでは何語を話すのかを尋ねてみる。
「多分、エジプト語だと思うのですが」
と、スチュワーデスさんの答え。
「さすがはスチュワーデスさん。ありがとうございます」
「お客様、エジプトに行かれるのですか?」
「もうとっくに、いかれてますが」
と僕は頭を指差し、違う『狂かれる』をイメージさせ、スチュワーデスさんをからかった。
「違います違います、その狂れるじゃないですよ。あっ、そうなんですか、まだ何も予定が決まってないのですか。気をつけて旅行して下さいね」
と、からかったのにも関わらず、優しい言葉をかけてくれる。可愛い子だ。
・・・・・・それから10分後、さっきのスチュワーデスさんが走り寄ってきて、
「すいません、エジプトはエジプト語じゃなくて、アラビア語でした。だけど、エジプト語ってありそうですよね。えへへへへへ」
と言い訳した。なんじゃそりゃ。まあ、可愛いから、いいか。
ワインの飲みすぎの為か、トイレが近くてかなわない。まあいい、ついでに庶民どもでも冷やかしてやるかな。
「居る、居る、ごちゃごちゃと、検尿カップみたいのでジュ-ス飲んでいるぞ。たいへんだなぁアンタらは」
と思いつつトイレで小の方をする。流そうとボタンを押すが、間違えて『スチュワーデスさんちょっと来てボタン』を押してしまう。
スチュワーデスさんが、
「お客様、何かございましたか? お客様、お客様」に赤面、赤面、また赤面。もうエコノミーの皆様のことを、からかうのをやめにします。反省しました、ごめんなさい。
21:45 セントピ-タ-ズパ-クの上空を通過中。眠れないので映画『くちづけはタンゴの後で』を見る。まあまあ面白かった。
トイレにいく途中、庶民改め、エコノミ-の皆様の中を通りすぎる時、外人のおばあちゃんが、僕に気づかずに道をふさいでいた。そこでこの旅の初英語「エクスキュズミ-」と、ウグイスが清らかに歌うが如くの発音する。間髪を入れず「ソ-リ-」とおばあちゃんから返ってきた。やはり9ヶ月前の英語力は健在だ。
あれは確か・・・・・。初めての海外旅行先のロンドンでのことだった。
街中を歩いていると突然の雨。傘を買おうと古ぼけた商店に入り、
「パラソルプリーズ、パラソルプリーズ」
と英語で頼むが何故か通じない。しょうがなくジェスチャーで傘をひらく真似して、おじさんの方を見ると、
「OH,アンブレラ」と奥から傘を出してきてくれた。英語で傘という単語は、アンブレラだと初めて知る。
このくらいの英語力!! しょぼい!!
席に戻ると、またまたご飯です。洋食を頼んだはずが、聞き違いされて和食が来てしまった。まあ、いいか。あとで、カップうどんでも、お願いしようかな。
4分ほどで食事をたいらげてしまい、少し汗をかいてしまう。無意識のうちにおしぼりで首筋を拭いている自分にきづき、辺りを見回す。これって、かっぺの証拠。
22:30 なんだかくしゃみが連続で出る。鼻風邪でもひいたかな、頭も痛いよーな気がしてきた。そ-いえば、さっきから頭をかすめる『なしごれん』って何だろうか、思い出せず眠れなくなる。
あと2時間ほどで到着するとのアナウンス。されど、くしゃみは止まらない。ここから、イギリス時間に変更する。
ああ、また乗りたや中流席(ビジネスクラス)。
つづく・・・・・。
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先ほどチョコレートをくれたスチュワーデスさんが、ハ-ゲンダッツのアイスを持ってきてくれたので、そのついでに、行ければ行こうとおもっていたエジプトでは何語を話すのかを尋ねてみる。
「多分、エジプト語だと思うのですが」
と、スチュワーデスさんの答え。
「さすがはスチュワーデスさん。ありがとうございます」
「お客様、エジプトに行かれるのですか?」
「もうとっくに、いかれてますが」
と僕は頭を指差し、違う『狂かれる』をイメージさせ、スチュワーデスさんをからかった。
「違います違います、その狂れるじゃないですよ。あっ、そうなんですか、まだ何も予定が決まってないのですか。気をつけて旅行して下さいね」
と、からかったのにも関わらず、優しい言葉をかけてくれる。可愛い子だ。
・・・・・・それから10分後、さっきのスチュワーデスさんが走り寄ってきて、
「すいません、エジプトはエジプト語じゃなくて、アラビア語でした。だけど、エジプト語ってありそうですよね。えへへへへへ」
と言い訳した。なんじゃそりゃ。まあ、可愛いから、いいか。
ワインの飲みすぎの為か、トイレが近くてかなわない。まあいい、ついでに庶民どもでも冷やかしてやるかな。
「居る、居る、ごちゃごちゃと、検尿カップみたいのでジュ-ス飲んでいるぞ。たいへんだなぁアンタらは」
と思いつつトイレで小の方をする。流そうとボタンを押すが、間違えて『スチュワーデスさんちょっと来てボタン』を押してしまう。
スチュワーデスさんが、
「お客様、何かございましたか? お客様、お客様」に赤面、赤面、また赤面。もうエコノミーの皆様のことを、からかうのをやめにします。反省しました、ごめんなさい。
21:45 セントピ-タ-ズパ-クの上空を通過中。眠れないので映画『くちづけはタンゴの後で』を見る。まあまあ面白かった。
トイレにいく途中、庶民改め、エコノミ-の皆様の中を通りすぎる時、外人のおばあちゃんが、僕に気づかずに道をふさいでいた。そこでこの旅の初英語「エクスキュズミ-」と、ウグイスが清らかに歌うが如くの発音する。間髪を入れず「ソ-リ-」とおばあちゃんから返ってきた。やはり9ヶ月前の英語力は健在だ。
あれは確か・・・・・。初めての海外旅行先のロンドンでのことだった。
街中を歩いていると突然の雨。傘を買おうと古ぼけた商店に入り、
「パラソルプリーズ、パラソルプリーズ」
と英語で頼むが何故か通じない。しょうがなくジェスチャーで傘をひらく真似して、おじさんの方を見ると、
「OH,アンブレラ」と奥から傘を出してきてくれた。英語で傘という単語は、アンブレラだと初めて知る。
このくらいの英語力!! しょぼい!!
席に戻ると、またまたご飯です。洋食を頼んだはずが、聞き違いされて和食が来てしまった。まあ、いいか。あとで、カップうどんでも、お願いしようかな。
4分ほどで食事をたいらげてしまい、少し汗をかいてしまう。無意識のうちにおしぼりで首筋を拭いている自分にきづき、辺りを見回す。これって、かっぺの証拠。
22:30 なんだかくしゃみが連続で出る。鼻風邪でもひいたかな、頭も痛いよーな気がしてきた。そ-いえば、さっきから頭をかすめる『なしごれん』って何だろうか、思い出せず眠れなくなる。
あと2時間ほどで到着するとのアナウンス。されど、くしゃみは止まらない。ここから、イギリス時間に変更する。
ああ、また乗りたや中流席(ビジネスクラス)。
つづく・・・・・。
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ヨーロッパ放浪1996年12月6日(3)
幸せは大空と共に編(機内)
11:00 出国手続きを終え、機内に向かう。
何も疑わずにエコノミークラスに進み、自分の席をスチュワーデス(この当時、客室乗務員さんとは呼ばなかった)さんに尋ねる。
「お客様のチケットは、ビジネスクラスですよ」
と、スチュワーデスさんがチケットの半券を見せてくれる。
「へっ??」
貧乏人の私めはエコノミ-クラスを買ったはずなのですが、な、な、何とビジネスクラスに変化していたのだ。
ビ、ジ、ネ、ス、ク、ラ~~ス!!!
何と素晴らしい響きだろうか。足なんか伸ばし放題だし、金満社長の如くエラソーな座り方をしても誰にも文句は言われない。広い、最高、トレビア-ン、JAL万歳。座ったとたんに、産まれてから飲んだことのないシャンパン(クリスマスの食卓に並ぶ、ジュースのようなシャンメリーなら飲んだことはあるが・・)のお出迎え。JALのお店で、チケットを買うといいのかしら。帰りもこれだといいのになぁ-。
12:05 飛んでます、飛んでます。あらよっと、こらさぁっとてな具合で、地面がだんだんと離れ小さくなっていきます。しばし日本よ、さようなら。
この機内では、今、公開中の映画『インディペンデンスデイ』が見られるそうな(日本昔話風に)。
いやぁ-いいわぁ-クラシックを聴きながらのシャンパンざます。1回ビジネスを体験してしまうと、やめられまへんなぁ-。うひょひょひょひょひょ・・・・・・・・・・や、やばい、もう早、狂ってきたようだ。
汚い僕の靴を、ビジネスクラス備え付けの立派なスリッパに履き替えて、気分よく大便をぶっ放しにいく。途中、どうしても通り過ぎなければならない場所があった。それは庶民席(エコノミ-クラス)。その窮屈さを眺め歩いているうちに、
「予は満足じゃ」という優越感がフツフツと生まれてきた。
その屈折した優越感を胸に抱いたまま席に戻ると、スチュワーデスさんが飲み物サ-ビスを開始、なんの躊躇いもなく赤ワインをお願いし、フランスはボルド-地方の『シャト-ラネッサン 1992年』だかってワインをグラスに注いでもらう。
「あそこにあるボトル、すべて飲み干してやる」と、心に誓う。そーいえば、はしゃぎ疲れて腹が減ってきたなぁ。
13:30 うほっ、ビジネスクラスの食事が運ばれてきました。洋食の肉料理をチョイスして、フォークとナイフをあやつり神妙な顔で食べる。またまた比較(半年前に同じロンドン行きに乗った、エコノミークラスとの比較です)させてもらって申し訳ございませんが、エコノミークラスの食事とビジネスクラスの食事とではさすがに格段の差があり、第一に、ビジネスクラスは器からして高級感をかもしだしていて、方やエコノミークラスの食器だと色気も素っ気もあったもんじゃない。
第二に、庶民席だと、「これでも頬張ってなさい」っていうような大雑把に調理された料理が盛られてきますが、やっぱビジネスの食事はひと味もふた味も違う。如何せん僕はボキャブラリーの少ない人間なので、ちゃんとした説明が出来ませんが、先ほど説明した高級感のある食器に、ちょっとしたレストランで出てきそうな料理が盛られてくるんですよ。それがまた美味しいんです。逃亡した僕が、こんなにまで幸せをもらっちゃって良いのでしょうか? これからの旅先で、天罰が訪れなければいいんだけど・・・・・。
ご飯も食べおわり、腹一杯でワインを飲んでいるとこに、何とデザ-トのサービス。ビジネスクラスは違う。
「お客様、デザ-トにチョコレ-トはいかがですか」とスチュワーデスさん。
「ティシュください」と、質問とは関係のないことを言う僕。
「お客さん、面白い人ですねえ」とスチュワーデスさん。俺って、何の会話をしているのかしら。高級そうなチョコレ-ト(トリュフチョコ)を5ケ頂く。
15:00 赤ワインを7杯ほどでやめておき、オレンジジュ-スにする。日和った訳ではない。グラス一杯120?としても、7杯で840?だから、ボトル一本は飲んだことになりますから、当初の目標は達成しました。こすい男だ、僕は。
水分の取りすぎのためか、トイレが近い。庶民どもは、相も変わらず窮屈そうで愉快な気持ちになるが、チャックを開けたまま歩いていたことにトイレの中で気づき、一人顔を赤らめる。
つづく・・・・
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11:00 出国手続きを終え、機内に向かう。
何も疑わずにエコノミークラスに進み、自分の席をスチュワーデス(この当時、客室乗務員さんとは呼ばなかった)さんに尋ねる。
「お客様のチケットは、ビジネスクラスですよ」
と、スチュワーデスさんがチケットの半券を見せてくれる。
「へっ??」
貧乏人の私めはエコノミ-クラスを買ったはずなのですが、な、な、何とビジネスクラスに変化していたのだ。
ビ、ジ、ネ、ス、ク、ラ~~ス!!!
何と素晴らしい響きだろうか。足なんか伸ばし放題だし、金満社長の如くエラソーな座り方をしても誰にも文句は言われない。広い、最高、トレビア-ン、JAL万歳。座ったとたんに、産まれてから飲んだことのないシャンパン(クリスマスの食卓に並ぶ、ジュースのようなシャンメリーなら飲んだことはあるが・・)のお出迎え。JALのお店で、チケットを買うといいのかしら。帰りもこれだといいのになぁ-。
12:05 飛んでます、飛んでます。あらよっと、こらさぁっとてな具合で、地面がだんだんと離れ小さくなっていきます。しばし日本よ、さようなら。
この機内では、今、公開中の映画『インディペンデンスデイ』が見られるそうな(日本昔話風に)。
いやぁ-いいわぁ-クラシックを聴きながらのシャンパンざます。1回ビジネスを体験してしまうと、やめられまへんなぁ-。うひょひょひょひょひょ・・・・・・・・・・や、やばい、もう早、狂ってきたようだ。
汚い僕の靴を、ビジネスクラス備え付けの立派なスリッパに履き替えて、気分よく大便をぶっ放しにいく。途中、どうしても通り過ぎなければならない場所があった。それは庶民席(エコノミ-クラス)。その窮屈さを眺め歩いているうちに、
「予は満足じゃ」という優越感がフツフツと生まれてきた。
その屈折した優越感を胸に抱いたまま席に戻ると、スチュワーデスさんが飲み物サ-ビスを開始、なんの躊躇いもなく赤ワインをお願いし、フランスはボルド-地方の『シャト-ラネッサン 1992年』だかってワインをグラスに注いでもらう。
「あそこにあるボトル、すべて飲み干してやる」と、心に誓う。そーいえば、はしゃぎ疲れて腹が減ってきたなぁ。
13:30 うほっ、ビジネスクラスの食事が運ばれてきました。洋食の肉料理をチョイスして、フォークとナイフをあやつり神妙な顔で食べる。またまた比較(半年前に同じロンドン行きに乗った、エコノミークラスとの比較です)させてもらって申し訳ございませんが、エコノミークラスの食事とビジネスクラスの食事とではさすがに格段の差があり、第一に、ビジネスクラスは器からして高級感をかもしだしていて、方やエコノミークラスの食器だと色気も素っ気もあったもんじゃない。
第二に、庶民席だと、「これでも頬張ってなさい」っていうような大雑把に調理された料理が盛られてきますが、やっぱビジネスの食事はひと味もふた味も違う。如何せん僕はボキャブラリーの少ない人間なので、ちゃんとした説明が出来ませんが、先ほど説明した高級感のある食器に、ちょっとしたレストランで出てきそうな料理が盛られてくるんですよ。それがまた美味しいんです。逃亡した僕が、こんなにまで幸せをもらっちゃって良いのでしょうか? これからの旅先で、天罰が訪れなければいいんだけど・・・・・。
ご飯も食べおわり、腹一杯でワインを飲んでいるとこに、何とデザ-トのサービス。ビジネスクラスは違う。
「お客様、デザ-トにチョコレ-トはいかがですか」とスチュワーデスさん。
「ティシュください」と、質問とは関係のないことを言う僕。
「お客さん、面白い人ですねえ」とスチュワーデスさん。俺って、何の会話をしているのかしら。高級そうなチョコレ-ト(トリュフチョコ)を5ケ頂く。
15:00 赤ワインを7杯ほどでやめておき、オレンジジュ-スにする。日和った訳ではない。グラス一杯120?としても、7杯で840?だから、ボトル一本は飲んだことになりますから、当初の目標は達成しました。こすい男だ、僕は。
水分の取りすぎのためか、トイレが近い。庶民どもは、相も変わらず窮屈そうで愉快な気持ちになるが、チャックを開けたまま歩いていたことにトイレの中で気づき、一人顔を赤らめる。
つづく・・・・
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ヨーロッパ放浪1996年12月6日(2)
8:00 もともと教授は、お友達と精進懐石料理を食べに行く予定があり、突如来た僕まで一緒に連れていってもらう。
12:00 教授のお友達の乗用車で、横山山荘という料亭に着く。ここの料亭は俳優の松方弘樹がよく利用し、ひとりでお酒を飲んでいるそうだ。
掃除が行き届いたきれいな和室には、お膳が並んでいた。抹茶だの懐石だのと、初めて口にするものばかりで、頭が混乱しそうになる。集まった方々は、品のよろしき女性たちにA教授、そこで浮いているアホの僕。
14:00 食事も終わりて帰り道、鳥羽の海岸の方を通り抜け、夫婦岩を眺める。本州はやはり歴史が深く、ちょっと歩けば史跡、史跡の数々。北海道では到底考えられぬことでして、まったくもってうらやましいでゲス。
話によると夫婦岩近くの老舗旅館が、1億2千万円で売りに出ているそうで、交渉次第では2千万円くらい安くしてくれるらしい。まあ、僕にゃ関係ないけどね。
19:00 教授宅に戻り、近くの銭湯に出かける。銭湯で、
「ひできち君の顔は、アラブ系の顔をしているね。それもイランの方かな」
と、教授に観察される。僕ってそんなにアラブ顔してますか? 自分ではコッテコテの日本人顔だとおもっていたのにさ。
12月8日(日)快晴
7:00 ぐっすり眠った。教授自ら朝御飯まで作っていただき、食後には抹茶まで飲ませてもらう。何から何までお世話になって、感謝、感謝のアホの僕。朝日を浴びて駅まで駆ける。
銀河鉄道999の鉄郎の如く、ドアが締まる寸前に乗り込む。そこに、メ-テルが居ないことを悔やまれる。
過ぎゆく穏やかな窓の外の景色を眺めながら、感傷に浸っている自分に気づき、ビンタ5連発で気合を入れる。
10:30 関西国際空港に到着。
つづく・・・・
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12:00 教授のお友達の乗用車で、横山山荘という料亭に着く。ここの料亭は俳優の松方弘樹がよく利用し、ひとりでお酒を飲んでいるそうだ。
掃除が行き届いたきれいな和室には、お膳が並んでいた。抹茶だの懐石だのと、初めて口にするものばかりで、頭が混乱しそうになる。集まった方々は、品のよろしき女性たちにA教授、そこで浮いているアホの僕。
14:00 食事も終わりて帰り道、鳥羽の海岸の方を通り抜け、夫婦岩を眺める。本州はやはり歴史が深く、ちょっと歩けば史跡、史跡の数々。北海道では到底考えられぬことでして、まったくもってうらやましいでゲス。
話によると夫婦岩近くの老舗旅館が、1億2千万円で売りに出ているそうで、交渉次第では2千万円くらい安くしてくれるらしい。まあ、僕にゃ関係ないけどね。
19:00 教授宅に戻り、近くの銭湯に出かける。銭湯で、
「ひできち君の顔は、アラブ系の顔をしているね。それもイランの方かな」
と、教授に観察される。僕ってそんなにアラブ顔してますか? 自分ではコッテコテの日本人顔だとおもっていたのにさ。
12月8日(日)快晴
7:00 ぐっすり眠った。教授自ら朝御飯まで作っていただき、食後には抹茶まで飲ませてもらう。何から何までお世話になって、感謝、感謝のアホの僕。朝日を浴びて駅まで駆ける。
銀河鉄道999の鉄郎の如く、ドアが締まる寸前に乗り込む。そこに、メ-テルが居ないことを悔やまれる。
過ぎゆく穏やかな窓の外の景色を眺めながら、感傷に浸っている自分に気づき、ビンタ5連発で気合を入れる。
10:30 関西国際空港に到着。
つづく・・・・
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ヨーロッパ放浪1996年12月6日(1)
アホ逃げる編
あの頃の僕は(ドラマ高校教師風)、仕事にも私生活にも煮詰まってしまい、何をするにも逃げ出す事ばかりを考えていました。逃げ出してしまう前日には、恥ずかしい話ですが仕事中、涙がボロボロと目に溢れ出る始末。端から見たら気味が悪くてしょうがないでしょうが、それくらい精神的に切羽詰まっていたのです。
その夜、僕は父に、
「今日で仕事辞めて、どこかに行きます。辞めさせて下さい」と涙ながらに言いましたが、父は
「辞めるといって辞めさせられるか、仕事はそんなに簡単なものじゃないぞ。どうしてもっていうなら、1ヶ月くらい休んだらどうだ。そして元気になって帰ってこい・・・」
と、こんな自分勝手で愚かな僕に旅費まで手渡してくれました。本当にありがたかった。そして僕は逃げたのです、普段の生活から、仕事から、僕を取り巻く全てのものから。何も考えずに・・・・・・。
12:00 家を出る。赤いボストンバック(中には、ジーンズ、セーター二枚、Tシャツ三枚、パンツ三枚、ドフトエフスキーや太宰治などの小説数冊、その他諸々)を肩から下げて、何故か足早に歩いてしまう私がひとり。もう後戻りは出来ない、心変わりする前に先を急がなくては。
駅前のJALに入り、2日後のロンドン行き(往復で12万円くらいだったはず)を買う。あまりの急なことに、対応してくれたJALのお兄さんは、
「本当に取ってもいいんですか、取っちゃいますよ、こんな人初めてですよ、ぎゃはははは」と、本気で笑われてしまう。
JALを出て駅に向かって歩きだすと、突然のすごい風。この旅行を暗示するかのように、飛んできたダンボ-ル箱が顔面に命中する。なんてこったぁ。
13:30 JRの列車、快速エアポ-トにて新千歳空港へ向かう。
16:40 空港待合室で2時間ほど待ち、やっとこさ大阪行きの飛行機に乗り込む。ああ、とうとう僕は人非人になってしまった。
さすが大阪行きだけに関西の人が多く乗っており、ねずみ色のタイツ姿という恐ろしきおばちゃんまでいて、度胆を抜かれる。怖るべし関西
18:00 機内にて音楽を聞く、それもクラシックでハイドンとかバッハという、ウルトラマンの敵に居そうな名前の奴を。隣のサラリーマンさんに
「これからヨーロッパに行く俺はクラシック聞いているんだぞ」と、言ってしまいそうになるがやめておく。
外の景色がとてもきれいで、しばし窓に顔をくっつけて見ていた。が、何気なく振り返ってみると、スッチ-がこちらを見てニコッと笑顔。きっと彼女のあの笑顔の裏には、
「何処から来たんだ、このカッペは」という本音が隠されているのだろう。やばい、被害妄想が激しくなる。
19:30 関西弁が飛び交う、関西国際空港に到着する。土地カンのない僕は、ここから近いだろうと、知り合いのA教授のお宅(三重県松坂市)に電話をかけ、急きょお邪魔させていただくことになる。
南海電車で難波に行き、そこから近鉄電車に乗り換えて三重県松坂市に向かう。車内で柿の葉寿し(600円)を食す。簡単に着くと考えていたのだが、2時間以上もかかることになるとは・・・・。
A教授との出会いは2年前の東京、代々木にある刀剣博物館。時代別に並ぶ刀剣達をじっくりと見入る僕の横に、50代半ばのおじさん(A教授)は居た。そのおじさんと話し始め調子に乗ったアホの僕は、刀剣にみる時代背景を口も滑らかにペラペラと説明しだした。一通り見学も終わって、廊下の長椅子に座る。
「いろいろありがとう、私はこーゆー者です」と、おじさんは僕に名刺をくれた。その名刺には
『何々大学歴史経済学教授』と書いてあった。歴史の教授に向かって僕は、歴史の講義をしていたなんて。う、嘘でしょ、嘘だといってくれ、あわわわわ。僕の額からは、汗が吹き出してきた・・・・・。
22:30 駅からタクシーに乗り、教授宅へ到着する。有り難いことに、教授は自宅の前で待っていてくれたのだ。この寒さの中にだ。その後、1時過ぎまでくだらない話に付き合って頂き、教授には大変迷惑をかける。それにしても、1度お会いしただけなのに縁とは不思議なものです。
12月7日(土)天気 晴れ
8:00 もともと教授は、お友達と精進懐石料理を食べに行く予定があり、突如来た僕まで一緒に連れていってもらう。
つづく・・・・・・。
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あの頃の僕は(ドラマ高校教師風)、仕事にも私生活にも煮詰まってしまい、何をするにも逃げ出す事ばかりを考えていました。逃げ出してしまう前日には、恥ずかしい話ですが仕事中、涙がボロボロと目に溢れ出る始末。端から見たら気味が悪くてしょうがないでしょうが、それくらい精神的に切羽詰まっていたのです。
その夜、僕は父に、
「今日で仕事辞めて、どこかに行きます。辞めさせて下さい」と涙ながらに言いましたが、父は
「辞めるといって辞めさせられるか、仕事はそんなに簡単なものじゃないぞ。どうしてもっていうなら、1ヶ月くらい休んだらどうだ。そして元気になって帰ってこい・・・」
と、こんな自分勝手で愚かな僕に旅費まで手渡してくれました。本当にありがたかった。そして僕は逃げたのです、普段の生活から、仕事から、僕を取り巻く全てのものから。何も考えずに・・・・・・。
12:00 家を出る。赤いボストンバック(中には、ジーンズ、セーター二枚、Tシャツ三枚、パンツ三枚、ドフトエフスキーや太宰治などの小説数冊、その他諸々)を肩から下げて、何故か足早に歩いてしまう私がひとり。もう後戻りは出来ない、心変わりする前に先を急がなくては。
駅前のJALに入り、2日後のロンドン行き(往復で12万円くらいだったはず)を買う。あまりの急なことに、対応してくれたJALのお兄さんは、
「本当に取ってもいいんですか、取っちゃいますよ、こんな人初めてですよ、ぎゃはははは」と、本気で笑われてしまう。
JALを出て駅に向かって歩きだすと、突然のすごい風。この旅行を暗示するかのように、飛んできたダンボ-ル箱が顔面に命中する。なんてこったぁ。
13:30 JRの列車、快速エアポ-トにて新千歳空港へ向かう。
16:40 空港待合室で2時間ほど待ち、やっとこさ大阪行きの飛行機に乗り込む。ああ、とうとう僕は人非人になってしまった。
さすが大阪行きだけに関西の人が多く乗っており、ねずみ色のタイツ姿という恐ろしきおばちゃんまでいて、度胆を抜かれる。怖るべし関西
18:00 機内にて音楽を聞く、それもクラシックでハイドンとかバッハという、ウルトラマンの敵に居そうな名前の奴を。隣のサラリーマンさんに
「これからヨーロッパに行く俺はクラシック聞いているんだぞ」と、言ってしまいそうになるがやめておく。
外の景色がとてもきれいで、しばし窓に顔をくっつけて見ていた。が、何気なく振り返ってみると、スッチ-がこちらを見てニコッと笑顔。きっと彼女のあの笑顔の裏には、
「何処から来たんだ、このカッペは」という本音が隠されているのだろう。やばい、被害妄想が激しくなる。
19:30 関西弁が飛び交う、関西国際空港に到着する。土地カンのない僕は、ここから近いだろうと、知り合いのA教授のお宅(三重県松坂市)に電話をかけ、急きょお邪魔させていただくことになる。
南海電車で難波に行き、そこから近鉄電車に乗り換えて三重県松坂市に向かう。車内で柿の葉寿し(600円)を食す。簡単に着くと考えていたのだが、2時間以上もかかることになるとは・・・・。
A教授との出会いは2年前の東京、代々木にある刀剣博物館。時代別に並ぶ刀剣達をじっくりと見入る僕の横に、50代半ばのおじさん(A教授)は居た。そのおじさんと話し始め調子に乗ったアホの僕は、刀剣にみる時代背景を口も滑らかにペラペラと説明しだした。一通り見学も終わって、廊下の長椅子に座る。
「いろいろありがとう、私はこーゆー者です」と、おじさんは僕に名刺をくれた。その名刺には
『何々大学歴史経済学教授』と書いてあった。歴史の教授に向かって僕は、歴史の講義をしていたなんて。う、嘘でしょ、嘘だといってくれ、あわわわわ。僕の額からは、汗が吹き出してきた・・・・・。
22:30 駅からタクシーに乗り、教授宅へ到着する。有り難いことに、教授は自宅の前で待っていてくれたのだ。この寒さの中にだ。その後、1時過ぎまでくだらない話に付き合って頂き、教授には大変迷惑をかける。それにしても、1度お会いしただけなのに縁とは不思議なものです。
12月7日(土)天気 晴れ
8:00 もともと教授は、お友達と精進懐石料理を食べに行く予定があり、突如来た僕まで一緒に連れていってもらう。
つづく・・・・・・。
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