2012年6月3日朝方、中学・高校と一緒に過ごした友人が、亡くなりました。
当日、仕事を終えると、旧友からの沢山の連絡の履歴。
何かと思い、確認すると、彼女の訃報。
最初は全く信じれず、何人かの友人に確認しました。
事実だと理解した時には、涙と嗚咽が溢れていました。
彼女との出会いは、中学校。
当時、吹奏楽部だった私。
彼女は途中入部し、低音パートとして私はウッドベース、彼女はバリトンサックスを担当し、部活生活を共にした仲間でした。
同じ低音パートとして、私たちは非常に仲良くなり、何をするにも一緒に行動していました。
中学3年生になり、部活を退部し、同じ高校に行こうと、一緒に受験をしました。
毎朝コンビニ前で待ち合わせをし、一緒に登校していました。
夏には高校野球を一緒に見に行き、誕生日は一緒にお祝いをして、『スカートしか履かない!』と言っていた彼女が突然、『サルエルパンツが履きたい!』と言いだし、一緒に買い物に行ったりもしました。
私が人生で初めてアルバイトをしたきっかけも、彼女でした。
彼女のアルバイト先で募集をしているコトを聞き、紹介してもらい、高校生活もアルバイト生活も、ずっと一緒の彼女でした。
しかし、とあることがきっかけで、私たちは喧嘩してしまい、次第に離れていきました。
離れたまま、私たちは高校を卒業しました。
でも、成人式や町中で会った時は『また遊ぼ!』と、笑顔で手を振ってくれる子でした。
彼女は、昔から頑張り屋さんで努力を惜しまず、言う時はキッパリ言う気の強い子でしだ、自分という図太い芯を持っていて、面倒見のいいしっかり者でした。
そんな彼女との再会が、まさかこんな形とは思いませんでした。
依然から働いていた職場を退職し、新しい職場で勤め始め、新たな夢に向かって走り出したところだと、ご親族の方から伺いました。
しかし、しっかりしている反面、まじめで、溜まった仕事のストレスが体に表れる場面も幾度となくあった、とも伺いました。
3日当日は死因がわからず、翌日の司法解剖の結果、脳に出来た悪性の腫瘍が原因だということがわかりました。
きっと、疲れやストレスが溜まっていたのではないでしょうか。
まだ、23歳。
これからやりたいコトだらけだったに違いないと思います。
彼女の顔は、昔と変わらず睫が長く、つやっとした肌、愛らしいままでした。
こんな風に、やりたいことがあっても、出来なくなってしまう状況が突然やってきてしまう。
生きていたくても、生きていけなくなることもある。
私自身、今をもっと大事に生きて、前を向いて、何事にもくじけず、しっかりと生きていこうと思いました。
彼女のように。
努力を惜しまず、前向きで、頑張り屋さんな彼女のように。
同時に、当時の自分を悔やみました。
どうしてあの時、あんな態度をとってしまったのか。
どうして、素直に謝れなかったのか。
大事な友達を、どうして一時でも大事に出来なかったのか。
今更謝っても遅いけど、深く反省しています。
本当は、また昔のように遊びたかった。
話しかけたら、『みかっす、何してるん!?』と、昔のあだ名で私のことを呼んでくれるんじゃないかと思いました。
明日、最期のお別れをしてきます。
本当は、辛いです。辛すぎます。
でも、私が人生の中で出会った人々の中で、大事な友人であることには、いつまでも変わりません。
明日、もう一度会ってきます。
こんな私やけど、一度でも『親友』だと言ってくれて、ありがとう。
出会えたコトに、本当に感謝しています。
ありがとう。ありがとう。
本当にありがとう。
あの時、ごめんね。
聞いてくれてありがとう。
ありがとう。
当日、仕事を終えると、旧友からの沢山の連絡の履歴。
何かと思い、確認すると、彼女の訃報。
最初は全く信じれず、何人かの友人に確認しました。
事実だと理解した時には、涙と嗚咽が溢れていました。
彼女との出会いは、中学校。
当時、吹奏楽部だった私。
彼女は途中入部し、低音パートとして私はウッドベース、彼女はバリトンサックスを担当し、部活生活を共にした仲間でした。
同じ低音パートとして、私たちは非常に仲良くなり、何をするにも一緒に行動していました。
中学3年生になり、部活を退部し、同じ高校に行こうと、一緒に受験をしました。
毎朝コンビニ前で待ち合わせをし、一緒に登校していました。
夏には高校野球を一緒に見に行き、誕生日は一緒にお祝いをして、『スカートしか履かない!』と言っていた彼女が突然、『サルエルパンツが履きたい!』と言いだし、一緒に買い物に行ったりもしました。
私が人生で初めてアルバイトをしたきっかけも、彼女でした。
彼女のアルバイト先で募集をしているコトを聞き、紹介してもらい、高校生活もアルバイト生活も、ずっと一緒の彼女でした。
しかし、とあることがきっかけで、私たちは喧嘩してしまい、次第に離れていきました。
離れたまま、私たちは高校を卒業しました。
でも、成人式や町中で会った時は『また遊ぼ!』と、笑顔で手を振ってくれる子でした。
彼女は、昔から頑張り屋さんで努力を惜しまず、言う時はキッパリ言う気の強い子でしだ、自分という図太い芯を持っていて、面倒見のいいしっかり者でした。
そんな彼女との再会が、まさかこんな形とは思いませんでした。
依然から働いていた職場を退職し、新しい職場で勤め始め、新たな夢に向かって走り出したところだと、ご親族の方から伺いました。
しかし、しっかりしている反面、まじめで、溜まった仕事のストレスが体に表れる場面も幾度となくあった、とも伺いました。
3日当日は死因がわからず、翌日の司法解剖の結果、脳に出来た悪性の腫瘍が原因だということがわかりました。
きっと、疲れやストレスが溜まっていたのではないでしょうか。
まだ、23歳。
これからやりたいコトだらけだったに違いないと思います。
彼女の顔は、昔と変わらず睫が長く、つやっとした肌、愛らしいままでした。
こんな風に、やりたいことがあっても、出来なくなってしまう状況が突然やってきてしまう。
生きていたくても、生きていけなくなることもある。
私自身、今をもっと大事に生きて、前を向いて、何事にもくじけず、しっかりと生きていこうと思いました。
彼女のように。
努力を惜しまず、前向きで、頑張り屋さんな彼女のように。
同時に、当時の自分を悔やみました。
どうしてあの時、あんな態度をとってしまったのか。
どうして、素直に謝れなかったのか。
大事な友達を、どうして一時でも大事に出来なかったのか。
今更謝っても遅いけど、深く反省しています。
本当は、また昔のように遊びたかった。
話しかけたら、『みかっす、何してるん!?』と、昔のあだ名で私のことを呼んでくれるんじゃないかと思いました。
明日、最期のお別れをしてきます。
本当は、辛いです。辛すぎます。
でも、私が人生の中で出会った人々の中で、大事な友人であることには、いつまでも変わりません。
明日、もう一度会ってきます。
こんな私やけど、一度でも『親友』だと言ってくれて、ありがとう。
出会えたコトに、本当に感謝しています。
ありがとう。ありがとう。
本当にありがとう。
あの時、ごめんね。
聞いてくれてありがとう。
ありがとう。