建築の詩
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次の時代

先月、カメラマンでカワラマンの

山田脩二さんの展覧会に行ってきた。


山田さんは1970年代の高度成長期の

日本の様子を独特の視点からとらえ

カメラに収めていった方で

現在は淡路島にて瓦職人として

炭焼き職人として生活されている。


特に「日本村」と呼ばれる写真集は、

70年代の都市と地方の様子、違いを

面白いように表現している。


その当時の異様な人の数、熱気が

ひしひしと伝わってきた。


そのような写真に触れながら、

ふと次の時代について考えた。


今世間一般であたりまえと思われている

価値観、世界観はこの異様な熱気の中から

生まれ、形成されてきたのだと思う。


しかし実際には破綻しているのではないだろうか。


新しい価値観、多様な価値観というものが生まれ、

今まで当たり前だと信じていたものが

崩れ去る時がやってくる。


今までの日本を支えてきた人たち、

いわゆる団塊の世代たちがこれから引退していく。

そうすれば必ず時代は変わる。


今は昔の価値観と衝突する事は多いかもしれない。

しかし負けてはいけない。

今は苦しくても次の時代を生き抜く術を

磨き続けなくてはいけない。


今まで絶対的な価値観によって守られてきた時代は終わる。

情報社会は広大な海のようなもので、

しっかり自分の価値観を持たなければ、

時代の波に飲み込まれてしまう。


今僕たちは次の時代を真剣に考えなくてはいけない。

なぜなら次の時代の主役は僕たちだから。



夢と現実の間で夢を見る

研究生として早くも1ヶ月が経った。


最近の日課は夢と現実について考えることになっている。

学生から卒業してみて初めて「学生」がいかに社会から

守られているかということを実感している。


何よりも大変なのは資金繰りだろう。

学割が効かないだけでこんなにも変わるのかと思う。

やはり淡路やカンボジアの調査もしたいが、

当然資金がなくては始まらない。

アルバイトという身分の辛さというところだろう。


今年の目標として、一年以内に事務所に就職が

第一である。

そのときに少しでも条件の良いところに行きたいという

思いは強い。そのための一年間だと位置付けているが、

如何せん焦りばかりが先行してしまう。

実際に何をしたいのか、何をすることが自分にとって良いのか、

把握できていないところに、焦りの発端はある。


しかし今できることは、資金作りと自分の作品の手直しをすることだろう。

とにかく今はできることを一つづつこなしていくしかないのだろう。


苦しい時期だからこそ、

現実の中で夢を見る事を忘れないように生きたい。

この先...

この先...どうするの?


漠然とした疑問と不安が入り混じる日々。


この先10年、20年後の自分自身の姿を考えながら

来年、研究生として過ごす一年を

今年以上に価値あるものにしなければと

必要以上に意気込んでしまっている。

もっと気楽に行けよと周りは言うけども。


これからは自分を様々な場面で

売り込んでいかなくてはいけない。

決して安売りはしたくないと考えている。

そのための研究生。


まずは卒業設計の手直しを兼ねて

仙台での全国卒計大会への出展。


やっと終わったと思ったのもつかの間

このまま来年の戦いが始まった気分だ。

少し休みたいな...

なんて本音も今なら吐いても許してもらえるかな...

今なら...

卒業設計が終わり...

卒業設計が終わり、惜しくも千里山賞を手にすることはできなかったが、

無事卒業も決定し長かった大学生活もひとまず終了ということとなった。


とにかく去年から今年に掛けて、ひたすら無我夢中で走りぬけてきた感がある。

製図Fから始まり、町家コンペ、大和ハウスコンペ、ケータイ空間コンペ、

シェルターコンペ、東京デザイナーズウィーク、淡路島調査、

そして集大成の卒業設計へと。


この一年は建築の勉強もさることながら、建築を通じて社会とどう関わっていくのか、

建築を通じて僕は社会に対して何ができるのか、

そんなことを考えてきたように感じる。


この先、日本中に美しい風景を作っていくために、建築はどうあるべきなのか、

その場所の発する声をいかにカタチにしていくのか、


今年一年走り続け得たものは少しの自信と、決して尽きることのない課題。


これがあるから僕はまた走り続けることができる。

そして自分が走り続けるために選んだ道を無我夢中で駆け抜けていきたい。


最後に、卒業設計のタイトルをこれからの自分のテーマとして

常に頭の中に置いておく。


「場所の声 ~美しい風景への架け橋へと~」




パワー集落:稗田

今日は大和郡山にある稗田の環濠集落に行ってきました。JR郡山駅で降り新興住宅地を抜けると田畑の中に環濠に守られた集落がその姿を現した。集落の内部に入るとすぐに空気の違いに気づかされました。それは湾曲して視線の通らない路地のせいか、外部に対して閉じ内部に明るい中庭を持つコートハウスの形態をした住居のせいか、それとも環濠に囲まれていることで周囲から切断されているからか、なんしか稗田の空気は濃い。コートハウスから溢れ出てくる生活の匂い、路地のプロポーションの良さから来る安心感、そして何より懐かしくて、どこか優しい匂い。ここには間違いなく豊かな空間が存在していると思わずにはいられなかった。

 

それでも時代の流れか、いくつかの住宅は建て替えられてコートハウスではなくなっていたけれど、中には立て替えても昔の建物の配置はそのままにコートハウスの形を残している住宅も多くて安心したし、ここの人々の中には確かな美の意識が受け継がれているのだなと感じられた。

 

それにしても、この懐かしいという感情はどこから来るのだろうか。僕はこの稗田で育ったわけでもなく、しょっちゅう訪れるわけでもないのに。おそらく僕の中に流れる遺伝子がこの風景に懐かしさを感じさせているのだろう。この遺伝子は恐らく日本人なら誰しも共有しているものではないだろうか。この懐かしくも豊かな空間に身を委ねながらぼんやりと昨日、江川さんが話していたことを考えていた。

 

「稗田とその周囲に広がる新興住宅地、将来我々が暮らしているのはどちらだろうか」

 

僕の答えは当然。しかし、僕一人で暮らすわけではない、様々な価値観をもった人たちと集まって暮らさなければならない。そのとき僕たちが暮らしているのはどちらだろうか。僕たちの中に潜む日本人固有の美の意識を引き出すことができれば、呼び覚ますことができれば、将来稗田にも負けず劣らない豊かな濃い空間を、生活を手にすることができるのではないだろうか。ふと環濠の中から顔を出した亀とにらめっこしながら考えていた。

 

稗田から学ぶことは多いだろう。僕はこの集落の魅力にどうやら取りつかれてしまったようだ。さすがパワー集落。稗田で感じた空気の余韻に浸りながら、寒々とした新興住宅地の長い一本道を寄り道もせずに郡山駅へ向かってだらだら歩いていた。

初ゼミだよ全員集合

今日は初ゼミということで、自己紹介などを行うという簡単な内容だったが、いよいよ始まるのだなという興奮にも似た気持ちを抱いています。なんせ僕はぎりぎりで研究室に滑り込んだので、これから周りの仲間を追いかけて行く立場なわけです。こういうシチュエーションを好きだと感じる人間なので、かなり今の自分の立場に危機感と期待感を抱いています。

 

今日の江川さんの話の中で、印象に残ったことをいくつか挙げてみようと思う。

まず、様々なことに対して「批判的」な立場に立てということです。物事をそのまま受け入れただけでは自分のものにはならないし、自分から能動的に考える習慣をつけようということではないだろうか。これから社会はドラスティックに変化していくだろう、そのような中では今現在当たり前だと思っていることが、全く通用しないということが起こるだろう。そんなときに自分は何をよりどころにして建築と向き合っていくのか、そのすべを身につけろということではないだろうか。

 

しかし、批判的なスタンスを取るということは世の中に対して斜めに構えるということだが、僕は堂々と世の中と正対して向き合いたいという思いがある。批判的に正対する。それは可能なのか。

 

次に「プレゼンテーション」能力を磨きなさいということです。建築には必ずクライアントが存在するわけで、クライアントに理解、納得してもらなわければ話にならないし、建築が地面に着地することなんてありえない。そのためには図面のレイアウト、特に余白すきまをいかにつくりだすかということが重要で、図面のプロポーションが美しければ見る側の人たちも好意を抱いてくれるということだそうです。これはなにも図面だけの話ではなくて建築を設計する際でも壁と壁との間の余白プロポーションが大事になってくるし、設計というのはそういう余白を作り出す作業のことなんだということです。

 

さらに僕たちが建築家として、またプロとして重要なことは与えられた設計条件に答えを出すことではなくて、社会が本当に望んでいる不可視なことを汲みこみ、自ら設計条件を発見し、作り出すことなんだ。そういう能力がこれからは求められてくるそうだ。確かに表層に現れる価値を追い求めてきた結果が今の社会であるとしたら、このナイーブな社会を乗り越えていくためには深層に潜む価値を掘り起こす作業が重要な意味を持ってくるのだろう。

 

今日は短い時間だったが、中身の濃い時間だった。明日はさっそくどこかへ旅にでも出かけようか。この大きな宿題を背負って。

 

奈良県・今井町

天気予報では昼から雨はあがるとのことだったが、ほどほどに信じておくのが一番だとつくづく思う。ぱらぱら雨の中を近鉄橿原線・八木西口へと走る電車の中で、久々の一人旅というわけで軽く興奮していたのだが、いざ着いてみると、少し残念な気持ちになった。駅のホームや町のいたるところで「今井町」の宣伝をしているのだ。集落が観光の対象になってしまっている。いわゆる「パワー集落」となってしまっていた。

それでも、周囲を環濠で囲まれた環濠集落はなかなかな見ごたえで、300年以上もの時間の堆積をひしひしと感じながら、スケッチをしまくっていたのだが、どうもスケッチで「時間」や「空気」を描くことは不可能に近いみたいだ。それでも僕は「今井町」の時間を描きたかった。

ある程度見回ったところでスケッチを眺めていると、どうやら建物より路地や隙間を描いたスケッチのほうが多いことに気づいた。無意識にだが、集落の空気は建物よりも路地などのほうが密度が濃いように感じてたのかもしれない。ここは環濠集落ということもあり、常に敵に攻められてきたときのことを想定して、自分たちを守る構えが必要だったに違いない。それがこの集落に張り巡らされた道路網に現れているし、そこに宿る先人たちの生きるための知恵を感じる。それがこの集落の魅力になっているのだろう。

もう一つ感じたのは、ここの住民たちのこの集落への意識の高さだ。おそらく最近建ったであろう民家が周囲の古い民家の景観を壊さないように計画されていて、住民の間には今井町に流れる時間や記憶といったものを未来へつなげて行かなくてはならないという「共同幻想」が存在しているのだろう。

僕たちはこれからいかにして「共同幻想」を持ちうるのだろうか。帰りの電車の中、外はいまだに雨が降り続いている。そのせいか、僕の心もなんだか湿り気味だ。

「負ける建築」

今日は大阪に隈研吾がやってくるということで、胸躍らせて講演会を聴きに行って来た。講演会の題目はもちろん「負ける建築」。今回の講演会は高校生、専門学校生のコンペの表彰式のための記念講演というわけで、僕が期待していたほどの難解な講演というわけではなかったが、隈研吾がこれまでいかにして「負けて」きたかというのを理解するには十分の内容だったと思う。

なかでもキーワードとして「切断」,「孔」,「消える」といったコンセプトが実際の建物の中でどのように生かされているかという話を容易な語り口で語っていました。

「負ける」という言葉は何やらマイナスなイメージを抱かせるが、今までの建築、丹下健三に代表されるような「勝つ建築」「勝ってしまう建築」に対しての「負ける建築」という意味であり、隈研吾自身が建築が建つということは罪なんだ、建築は今危機に瀕しているんだという考え方からも、「負ける建築」を目指してきた経緯がうかがえる。

この講演を聴きながら、自分なりに「負ける建築」を考えていたが、これといって気の利いた考えが浮かぶわけでもなく、自分が今気にしている「時間」というものについてぼんやり考えていた。これまでの建築とは周囲から建築を切断することで「勝つ建築」となってきた。そしてその切断される中で多くの「時間」も切断されてきたのだろう。ならば「時間」を軸にして「負ける建築」のあり方を探して行くことも可能ではないのかとかんがえている。

そして、実際に僕は今、先日から苦しまされている風邪に負けている。そのせいかやけに「負ける」という言葉が頭から離れない。

「美しい」という言葉

言葉には形容詞というたぐいものがある。
例えば、「きれい」「汚い」「美しい」等といった言葉であるが、僕は最近形容詞の力の低下を感じてならないのです。

何か心を揺さぶられるモノに出会ったとき、何らかの形容詞を用いて自己の感情を表すのだが、形容詞単体で用いることは稀であり、たいてい理由つきで用いられる。

「あの花は花びらの色が鮮やかにグラデーションしているから美しい
「あの子のあのしぐさが可愛いから好きだ
といったように、まるで理由つきでなかったら信じてもらえない、力を持ちえないかのような恐怖観念に縛られてしまっているように思える。僕は何か理由をつけなければ美しいと感じれないものが本当に美しいのか疑問に思います。

言葉が人間の感情を制御しているような状況が起こっている。しかし、元々は感情を表すために言葉が生まれたのだから感情のほうが言葉よりも優位なはずなのに、実際は逆転現象が起こっている。

僕は思う。本来人間が何かを見て感動するという行為は本能によって制御されていて、言葉では追いつけないほどの過去から我々の中に受け継がれてきた先人たちの想いではないだろうか。

理屈ぬきで「美しい」と素直に感じれる人間でありたいし、そのような人間の感情、または本能に直接働きかけるような建築を造れるようになりたいと思うわけです。

内藤廣

僕には今お気に入りの言葉がある、
「つまらなくて、価値あるもの」

今まで自分の中でもやもやしていたものが、パーッと晴れたような気分になった。学校での設計課題を通じてずっと感じていた、形ばかり面白くても使う人にとって過ごしにくかったりしたら、それは価値があるといえるのだろうか。そんなのよりも形は面白くなくても使う人にとって価値あるものを作れることのほうが大事なんじゃないかと。

この言葉は、内藤廣さんが著書の中で使っていた言葉であるが、言葉のインパクトとしてはそれほど大きなものでは無いかもそれないが、僕の中ではインパクトの大きな言葉である。内藤さんの言う「価値」とは「時間」のことを言っているのだが、ここでは建築は長い時間をかけて価値を高めていくべきで、一瞬のうちに価値が消費されてしまうような形は意味が無い。その土地の風土、気候、記憶といったものを時間の設計を通して価値あるものを作っていこうということではないだろか。

かなり僕の個人的見解が入ってしまったが、「つまらなくて価値あるもの」を一つのテーマとして自分なりに建築と向き合っていこうと思う。