俺もたまに利用するタクシーについての話です。




お盆にお墓参りするのは当たり前なんだが深夜にお参りに行く人なんてまずいない。


8月14日の深夜1時くらいに1台のタクシーが客を乗せた。客を乗せた通りからは墓地が見える。


その客は20代後半の女で白いワンピースを着ていた。真夜中にそんな格好をしているだけでも怖いのに彼女は俯き気味で長い髪が顔にかかり顔が全く見えない。


「お客さん、どちらまで?」


運転手は恐怖で声が出ないのか小声で尋ねた。


「うぐっ……。」


女は泣いているようだった。


「…お客さん、どちらまで?」

「うぐっ……い、いえまで。〇〇町の〇〇〇のところまで。」


運転手は無言で車を走らせはじめた。


車内には異様な空気が漂っている。運転手はルームミラーで女を頻繁に見ている。女は相変わらず俯き泣いている。


しばらく走るとさすがに運転手も限界がきたようで


「お客さん、ここの通りに私の家があるんですが寄ってもいいですか?妻に大事な事を言うのを忘れまして。」


女はコクっと頷いた。


数分後タクシーはある一軒家に停まった。


運転手はタクシーから降り足早にその家の中へと入って行った。


30分たっても運転手はもどってこない。涙が枯れた女はタクシーから降りて玄関のチャイムを数回鳴らした。


すると50代くらいの女性がでてきて不審そうな目で尋ねてきた。


「どちらさま?」


女はこれまでの経緯を話した。


するとその中年の女性は狐につままれたような顔している。


どうやら中年の女性は運転手の妻のようだ。そして開いた口が閉まらぬまま妻はこう言った。


「夫は2ヶ月前に勤務中に交通事故で死んでます…。」


「えっ!?」
振り向くとタクシーが消えていた。


その時、表札が目に止まった。


女はハッした。


ついさっきまでお参りしてきたお墓に掘られた苗字と一緒なのだ。


彼女の父親は2ヶ月前に交通事故を起こして死んでいた。加害者被害者ともに即死だったそうだ。夜中に参りいったのは被害者の親族に鉢合わせしないようにその時間を選んだらしい。そして申し訳ないという後ろめたさから涙が溢れ、泣いていたのだ。


妻は正直、複雑な気持ちだったが彼女を家にあげた。

夫の仏壇の前で手を合わせる妻の顔はなぜだか笑顔だった。


「ほら、あなたも座って参りなさい。」


彼女も仏壇に手を合わせた。


その背中をもの凄い顔で睨む妻にさきほどの笑顔はもはやどこにもない。


彼女は参りながら
「そういえば旦那さんは奥さんに大事な事を伝えたいと言っていました。」


ガっ!
ガっ!!
ガっ!!!


「あなた(夫)は私(妻)にこうしろと伝えたかったのね。」


台所から隠し持ってきた包丁には血がべっとりついている。


日の出と共にパトカーのサイレンが街に鳴り響いた。


妻は逮捕された。


それから数日後
刑事が話を聞きに妻のところへやって来た。


刑事は1枚の紙切れを取り出した。


「これが事件の当日にポストに入っていたんですが見覚えは?」


妻は絶句した。


そこには夫の字でこう書かれていた。


『すべてを許してあげなさい。わたしはおまえの笑顔が1番好きだからいつも笑っていてほしいんだよ。いいね?』




あなたは
伝えたい言葉を
伝えたいひとに
伝えられていますか?

伝えられる今この時に
伝えてあげてください


悔いを残さないために…


ちゃんちゃん音符