友達には心配かけれないと、力が少し入りにくいから手伝って〜と、甘えて無理なく過ごしてました。
その反面、家族には嫌な思いを全部吐き出し、ひとりでイライラ怒ったり、泣いたり。。

感情のスクランブル交差点やぁ〜もやもや

今なら言える!確定してからは、精神的にも身体の不具合の心配も沢山のサポーターがつきます!
安心してください!ついてますよウインク

疑いの時点でも何かしら安心材料をくれる相談員がいてくれたら精神的にも落ち着きつくのにな。。

なんで私だけ。。

モヤモヤから抜け出せずにいた頃、家族3人で電車で出掛けることに

電車はやや混んでいて、私達は立ってました。

電車がグラっと揺れた時

私の両脇ががっしりとホールドされました。

私が倒れまいとしっかり掴んだ主人と娘の手。

「捕らえられた宇宙人じゃ〜〜ん!

「ぷぷぷー!

気付きました。身近にいる家族、もしかしたら自分以上に気にかけてくれてる。

そして思い出しました。父親のこと。私もそうだった。。
隣で見てる自分の方が、本人以上に気にかけてた!

こんな私じゃダメだ!2人の強くて温かい手、忘れない。

不安だったひとつに、私がALSの同病者に父親以外、会ったことがなかったこともあります。
そんな中で、ふと見つけた同病者の方々のブログ。

ひとりじゃない!

同じ思い、同じ気持ちで闘ってる方々がこんなにもいるんだキラキラ辛いこと、楽しいこと、情報交換など、支え合ってるキラキラ色々なサポートもあると知り、視界がパーっと開けた感じでしたキラキラ

2017年初夏。。

確定診断受けるべく大学病院へ。。

私と実家は60キロ離れた隣合う県

奇しくもここは父親が確定診断を受けた病院。

ひとり筋電図の待合室で待ってた時、同じように父が見てたであろう景色に
怖かったろうに。。
涙が頬をつたいました。

筋電図を終え、後日、主人と結果を聞く日になり。。私はほぼ覚悟は出来てました。

父親はALSでした。父は穏やかな人で、訪問リハビリ、訪問看護師、色々な方に慕われ楽しそうで幸せでした。私も普段なら恥ずかしくて出来ないこともALSの父だったから、手も普通に繋いだり、食べさせてあげれたり、温かさをより感じれた。
幸せだったと言い切れても、やはり自分だと嫌です。でも私は向かっていけると思いました。

先生は真実をきちんと冷静に話す方でした。この地区ではALSの最先に携わる先生。

確定診断はやはりALS。。

他の病気の可能性は?この病気ではないのか?ALSだとしても最新この治療は受けれるのか?

最後まで先生に突っかかってた主人。知らない間に色々と調べてたんだ。。

もういいよ!大丈夫!ありがとう!

今後のことを先生は話されましたが、私はやはりその時のことも、あまり思い出せません。
我慢をしていても、意に反して涙って溢れるんですね。自分は大丈夫だと思っていてもぼたぼたと落ちてた。

食堂でひとり宿題をして待っていた娘

「お母さん、おじいちゃんと同じ病気になっちゃった。。」

普段、私達の前でもあまり涙を見せない彼女。

ワーーー

大粒の涙。涙。涙。

薄暗くなった誰もいない食堂。3人でおいおい泣きながら食べた冷たくなった夕食。
何を食べたのかも思い出せない。
心なしかしょっぱかった。。

落ち着いた頃、両親、親戚、友達。。電話をして伝えました。
みんな
一緒に頑張ろう!
見守ってる!

家族
俺たちが手と足となる!心配するな!

迷惑とか家族にはない!

色んな感情の涙が溢れ、生きてきた中で一番泣いた日でした。

その晩は泣き疲れて眠りました。

次の日の朝、確定診断を受けて精神的にも辛いだろうと、看護師さんが代わるがわる

大丈夫ですか?

手を取ってさすってくれたり。

大丈夫!朝ごはん全部食べた爆笑

何故だろう、不思議と元気ニコニコふわぁと大きなものに包まれた安心感。
確定診断が出て、正直どこか安心したのもあったのかもしれません。


薬も処方され、治療の第一歩。

そう!!戦う相手が見えた!!!

かかってこいや〜〜! 

闘志みなぎってましたニヤリ

ぼんぼんに腫れた目で爆笑

病気ももらいましが、
周りの人に恵まれる、プラス大切な人達との濃い時間もオマケにつけてもらった感じでした。

笑っていられる今だから綴れること

人には平等に幸せがあると思ってますキラキラ
私も辛い、嫌だ、沢山沢山あります!
でもこの病気はのんきには待ってくれないんですもの〜〜、や〜ね〜!

今日は笑っていられます爆笑

皆さまが幸せに過ごせますようにキラキラ