幕末維新を思う~日光滞在記 2018年3月 その2~ | みかんともブログ

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今年2018年は明治維新150周年。各地でいろいろな催し物が開催されていますね。マンガやアニメのコンテンツでもよく取り上げられる幕末維新時代。倒幕側、佐幕側、いろいろな立場から描かれています。例えば佐幕側の立場なら新撰組が人気です。「薄桜鬼」「ちるらん」「風光る」「ピースメーカー」がよく知られたコンテンツでしょうか。
前回の日光滞在記で杉並木を訪れたことを書きましたね。実はこの杉並木は新撰組も参加した旧幕府軍と新政府軍が戦った場所でもあります。今回は足を伸ばして戊辰戦争の痕跡が残る場所も訪れました。それが写真の砲弾打ち込み杉。
 
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左の木の上方に砲弾でへこんだ箇所がありました。

江戸城を明け渡した旧幕府軍は幕府側を支持する奥州方面へ向かい、宇都宮で戦って敗れ、会津方面へ転戦しようとします。その際に日光街道でも激しい戦闘が行われました。土方歳三や斎藤一も参加したと思われる攻防戦。その名残が砲弾打ち込み杉なんです。
他に日光東照宮方面を守るための防御の土塁の名残も見ることができました。
結果は士気の高さと兵器に恵まれた新政府軍の勝利。徳川幕府の霊廟日光東照宮は焼き討ちに合う可能性もありましたので、東照宮から使者が派遣され、新政府の司令官に攻撃中止を懇願しました。このときの司令官板垣退助は、社寺が集まる日光山への攻撃はしないことを快諾しそれを守りました。その為、日光を救った恩人として今も語り継がれています。
新撰組の忠節、板垣退助の英断、日光杉並木を歩きながら幕末・明治維新の人々に思いを馳せましたよ。
 
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