私は学生時代から親にも友人にも

人間いつ死ぬかわからない!

明日死ぬかもしれない

だから出来るだけ楽しく
生きたい

お金は使う為にあるもの
必死に貯めてもあの世に
持って行けない

と豪語していた

でも健康な人間が頭で想像する
だけの言葉はあまりにも
小さくゴミのような言葉で
自分勝手な言葉に過ぎなかった

健康だから
いつ死ぬかわからないなんて
言葉を簡単に吐くんだ

現実に自分の命の期限を
告げられたり

この世で一番大切な人が
命の期限を告げられた時

自分のバカさ加減に吐き気が
した。

全て自分が体験しなければ
本当の悲しみ痛み苦しさ辛さは
分からない!
これが情けないけど人間だ

簡単に他人の悲しみ苦しみを
わかるよ!ツラいね!なんて
口に出す人間を私は軽蔑する

今、この世で一番大切だった
人を亡くして痛感してる

この悲しみのトンネルから
私は出られる日が来るのか?
自分では分からない

時々どうしようもなく
死にたくなる

どうしようもなく裕二に
逢いたくなる

どうすればいい?裕二?

身体は辛いけど今、私には
仕事がある

仕事があるから生きていられる
仕事を休めないから朝起きる

仕事場にいる時は裕二が生きて
いた時と同じ感覚になる

今日は早いのかな?
今晩の夕食何にしようかな?

そうやって10年以上私は
働いて来たから

でも家に帰ると現実に戻される

私には思い出が溢れる程ある

出逢った時から離れるまでの
8年間の思い出

再会してからの15年間の
思い出

毎日が全て大切な思い出で

家に居る時、運転してる時
自然に頭の中が思い出で
いっぱいになる

でもやっぱり思い出は思い出

声が聞きたい
顔が見たい
身体に触れたい

だからやっぱり
逢いたい

裕二?11回目の月命日の朝

夢に出て来てくれましたね

ただ元気なあなたではなくて
闘病中のあなたで

病院で日に日に弱っていく
あなたを私は抱きしめて
いました。

あなたの頬に自分の頬を
ピッタリつけて抱きしめた
感触が暫く消えませんでした

今の私は毎日些細なあなたの
思い出に助けられて
今日もまだ生きてます。