こんばんは♪


今日は、今現在思っていることです


私は子どもの頃から、なんとなく友達はいるけど


親友って感じの友達はいなかったように思います


私たちは親友ってお互い言っていたとしてもね


40を過ぎ、3人の親友ではないかと思える友達ができました


しかし、


そのうち1人は前回のブログで載せたように親友どころか友人でも、なくなりましたが


後の2人はたぶん今ごろになって親友になれた気がします


さて、友人とは親友とは


波長があって、なんでも話せて、いつでも遊べて自分を理解してくれる人、自分のことを特別に思ってくれる人?


そんな都合の良い人はいるんでしょうか?


自分の生死がかかっていたとして、命をはって友人を助けてくれる人なんているんでしょうか?


まぁ、そんな人もいるのでしょうが、みんながみんなそうではないような気がします


まあ、自分の生死をかけるっていうのもね?


では、親友なんていないし、できないってことなの?


そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない


今は、それが正しいかそうじゃないかは別として


こんな偏った考えをもってきたので、なかなか親友だって思える人は現れなかったわけです。


今は、こう思うようになりました


親友は他人


自分の所有物ではない


だから、思い通りにはならない


それを理解した上で、好ましい、尊敬できる、愛おしい存在が親友なのではないかと


そして、近くにいるゆえに相手により多くを望んでしまうことも多く、また、その反作用か、望まない行動をとられると普通以上に怒りをおぼえたり本当に難しい存在ではないかと


私の場合は友人の1人と距離をもってはじめて感じたのは依存と言う言葉です


親友は自分を理解してくれるものなんだって言う間違った固定観念が関係をこじらせてしまったようです


今の私は、私の親友2人に対しては


彼女たちのまとう気のような、暖かい雰囲気を信じています


そして、私はその雰囲気があることで彼女たちを親友と認識したようです


去って行った友人には残念ながら、その雰囲気を感じたことはありませんでした


それでも、20年あまり、共に過ごした時間は否定しようもなく楽しい時間でしたが


ただ、きっかけはどうあれ、私のもとを去ったのは、本当の意味で気が合わなかっただけのような気がします


ただ、それだけのことだったんです


恨んだり、悲しんだりする必要はなかったんです


親友とは他人、でも、人間的に好き、良い雰囲気がある、相手の言動を信じられる、それが自分の考えと違っていても。


そして何より、今、お互いが好きってこと


まとまらないブログになりましたが、


今、現在はそう思うと腑に落ちる気がします