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オレンジのブログ

図書館の中にある不思議な空間で起きた話です。主人公は大学生の僕、そして鳥はハシビロコウです。

島影は遠く、空と海の異なる青に包まれた一葉の舟の中に僕と老人と鳥がいた。

 鳥は言った。

「説明しましょう。あの魚は広範囲に海を回遊することでこの世界の綻びを繕っていたです。

しかし、パスワードとなるには象嵌細工の一片ように形を整えなければならない」

「なるほど、だから言葉となる3つの数。それが条件なのですね。まだ解らないところもありますが…。サンチャゴさん貴方が魚の名前を教えてくれなければパスワードは見つからなかったでしょう」

 そう言って老人を振り返った僕はぎくりとした。あまりに大きな鳥の出現を怪しんだのか、老人は手にオールを握りしめ鳥を睨んでいた。鳥も老人を睨み返している。

 魚と闘い続けてきた漁師の老人と、一撃必殺で魚を採ってきた鳥は剣豪のような雰囲気を漂わせている。剣豪は眼光で相手の力量を測るというが、今まさに巌流島の決闘でも始まりそうな緊迫感だ。僕は頭の中で忙しく考えを巡らした。ムサシは小舟でどうしたっけ?コジロウは燕返しだっけ?いや、ここは友好的にいかなければ…そうだ。僕は二人が初対面なことに気がついた!
 僕は少しこわばりながらも微笑みを浮かべ手のひらで鳥をさし示した。

「サンチャゴさんに紹介します!こちらは図書館の番人をなさっているハシビロコウさんです。ええと…なんだっけ?よく知らないや」 

 鳥はゆっくりと瞳を閉じ、そして開くと真っ直ぐに老人を見て言った。

「ワタクシの出身地はアフリカ。ナイル川の源流にある湖の湿地帯から参りました。今は訳があって図書館で二次元と三次元の狭間に繋がる扉の番人をしております」

 老人は表情を和らげ手からオールを離した。

「ほう。アフリカか。儂は昔、水夫として帆船に乗りアフリカまで航海しとった。ライオンも見たことがある。おまえさんみたいな鳥を見たことはないが…儂はよくこの舟の上で小鳥に話しかけてるよ。広い海の上で飛び疲れた小鳥が、やっと翼をたたむことができるのが儂の舟の上なのだ。おまえさんもゆっくりしていくがいい。魚は食えるのか?」

「ええ…いただけるのですか」

 老人は古ぼけた餌箱から一匹の魚を取り出すと鳥に投げてやった。魚は僕の目の前をびゅーんと飛んでいくと正確に鳥の足元へポトリと落ちた。鳥は魚を頭から丸飲みすると嬉しそうに言った。

「ワタクシは長いこと、このお役目を務めてきたのですが御馳走されたのは初めてです」

 老人も嬉しそうだった。

「そうか、もっと食うか?」

「いえ、身体が重くなると鳥は飛べなくなりますから」

 急に和やかになった二人のやりとりを聞いていた僕は、始めから感じていた疑問を口にした。

「今までも僕みたいな人間が、こうして本の世界へ来ていたのですか?」

 鳥はこちらを向いた。

「はい。パスワードは時代を映す鏡です。そしてこの世界の綻びに嵌め込むものがパスワードなのです。実は必要に応じて更新されます。以前、パスワードを見つけに来てくれた人は『オレ、陸上部なんでこの本にします』と言って本の世界で主人公と一緒に日没まで走っていましたっけ。あの時のパスワードは確かそう…走れ(840)でした。あの頃はワタクシも瞳の黄色い若鳥でしたよ」

 鳥は懐かしそうに目を細めた。

「あー、僕も読んだことありますよ。太宰治の『走れメロス』。…って本の選択によってはこっちが危ないかもしれないじゃないですか!」

「ああ、あの本の世界はちょっとハラハラしましたね」                                                                            鳥は上を向き嘴をパコパコと鳴らした。                                       「でもワタクシがついているからには大丈夫ですよ。ところでワタクシ、貴方に折り入ってお願いがあるのです」                                                                                                 

                                        つづく