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遅咲きにもホドがある

【ばばあの一人旅入門】
初老にして一人旅に目覚めました。どっぷりと老人になり、持病に悩まされ、ヤサグレまくりながら生きています。


旅先でテンションがダダ下がりする出来事として、『腹を下す』がある。
幼少期から胃腸の弱い私は、もうとにかく毎回毎回腹を下す。
旅先の冷えたトイレに座って腹をさすっていた思い出は数知れず。

大抵の場合それは突然やってきて、何が原因なのかよく分からないことが多い。
これと言って特に身に覚えはないのに、急にえらいこっちゃな状態になるのだ。
思うに、これってよく聞く『旅行者下痢症』というヤツなんじゃないだろうか?
(…ふっ。私もいっちょまえに近づきつつあるってことか♪)



しかし、今回語りたいのは『身に覚えのある下痢』についてだ。
「やってもたかも」の直後に速やかにやって来る地獄についてだ。




私はちょいちょい人様の旅行記を拝読するんだが、やっぱりショボイ自分には真似できないような旅をしている人の話が好きだ。
治安が良くない国とか、秘境とか、過酷な環境の土地とか、そういうところの旅行記。
で、そこにはよく入門者の私を唸らせる名言みたいなものが書かれている。
曰く・・・


現地の人とふれ合うことこそ『旅』の醍醐味である。
人々は往々にして大変親切で、時には飲食物を振舞われたりする。
そんな好意を衛生的な不安から断るようなヤツは『旅』をする資格がない。
そういうヤツは大手旅行会社が主催するツアーに参加しとけ。



・・・みたいな。

単純極まりない私はこれを読んで、「そうらそうや!さすが達人はええこと言うわ!」と大いに感心した。
そして、自分の胃腸事情も無視してこの名言を自分の『旅の座右の銘』に加えた。


その結果として、パルミラ遺跡で頂いたぬるいお茶で4日間動けなくなった。
しかし、それすらも微々たることだと思えたのは、残り1週間をドブに投げ捨てることになったネパールでの食あたりだ。
あたったブツが、水と肉とでは大違いということだろうか。

夜はほとんど眠れなかった。10分だってトイレを離れられなかったからだ。
要するに、ステイ時間は ベッド:トイレ=1:99 くらいの割合だった。
ベッドからしばしばトイレへ駆け込むのではなく、トイレから時々ほんの少しだけベッドに倒れこむ、という感じ。
そんな状態が何日も続いた。
今まで体験した数々の下痢は何だったんだろう、と思った。

聞け、過去の私! これこそがっ! これこそが本物の食あたりだ!


この旅で私が学んだことは、
ド素人が達人の真似をすると、死ぬ可能性が割とある
ということだ。

ネパールは素晴らしい国だったが、あまりのつらさに体が拒絶反応を起こしてしまった。
出国するまでずっと吐き気に悩まされ続け、終いには水道水の鉄臭さにさえ吐くようになってしまった。
この間までいい匂いだと思えた食べ物の匂いにも耐えられなくなり、ネパール料理がまったく食べられなくなった。
仕方なく、近くの外国人向けスーパーでマレーシア製の一口ゼリーを大量に買ってきて、それをすすって三食にした。
最終日の夜は本当に動けなくなり、
「私はこのままネパールで死ぬのかもしれない」 (←まったくもって本気)
と、『遺体引き取り』で迷惑をかけてしまうであろう家族のことまで心配した。


しかし。
翌日ホテル前からタクシーに乗って(セコイ私がタクシーを利用するのは非常に稀)空港へ向かった私は、ネパール出国手続きをして制限エリアに入った途端、奇跡のように吐き気が治まったのだ。
そして、突然空腹を感じた私は空港でサンドイッチを食べたのだった。


…要するに、精神力弱すぎ。


とは言え、下痢はこの後もまだまだ続くのですけどね。
とは言え、それで痩せた分はすぐに取り戻すのですけどね。

とある名所を訪れた帰り、私は宿までの2キロほどの道のりをヘロヘロになって歩いていた。

何かにつけて考えが浅い私は、炎天下の中、行きもヘロヘロになって歩いていった。

持っていた水はとっくに飲み干し、汗は出尽くし、足はもつれる。



「ああ゛・・・めっちゃ暑い。めっちゃのど渇いた。死ぬかも・・・」



目が霞んできた頃、道の先に土産物屋を発見。しかも茶店(ちゃみせ)が併設されているようだ。

「閉まってたら死あるのみ」とヘロヘロたどり着くと、開店休業状態ではあるものの店は営業中だった。



「良かった・・・。ボッタくられてもいいから、とにかく水分を補給しよう」と、椅子に座って声を掛けた。

土産物スペースにも茶店スペースにも、客はまったくいない。

店の奥から「はーい、ただいま」と出てきたのは予想外に若者で、しかも男前だった。

 ・・・お。ちょっとラッキー♪

「水をください」と言うと、若者は私にたどたどしい英語で「日本人?」と尋ねる。

「そうです」と答えると、若者はどういうわけか急に色めき立ち、スーパーハイテンションで水と紅茶を運んできた。

「紅茶は要らない」とジェスチャーすると、「サービスだから」というジェスチャー。

この時点では、「この国の若者は年寄りに親切だなぁ。しかも親日派?」と感心していた。

それにしても、若者は何やらずっとソワソワしている。

慌てた様子でどこかに電話を掛け、その後もまるで見張るかのように私のそばを離れない。

かと言って、言葉は全く通じないので会話はまるっきり不可能だ。

ビミョーに居心地が悪くて、そろそろ帰ろうと財布を出すと、若者は焦りまくった様子で引き止める。


・・・嫌な予感がしてきたねっ♪



そうこうしていると店先に1台の車が停まり、1人のおっさんが降りてきた。

おっさんは満面の笑みを浮かべながら、私に向かって「こんにちは!」と日本語で挨拶をした。

私は、もうこれは絶対に法外な値段で土産物を売りつけられるパターンだと確信し、顔を引き攣らせながら逃走体勢に入った。

しかし、おっさんは私の退路を絶つ位置にがっちり座りやがった。・・・ヤバす。

おっさんの流暢な日本語は「こんにちは」だけで、それでも日本語で話そうとするので、何を言っているのかほとんど理解不能だった。

これなら英語の方がまだマシだ、と英語で話すようお願いする。

おっさんはまず、「彼は21歳なんだけどね。すごくハンサムでしょう?」と私に同意を求めた。


・・・ほう。まずは世間話からですか。

いったい何を売りつけられるのだろう?とドキドキしながらも、私は「ええ、そうですね」と相槌を打つ。

おっさんは満足げに頷き、まったくもって気軽な調子で

「そこで。彼が日本に行くためのお金を払ってください」 と言い放った。

・・・私は、おっさんが何を言っているのかすぐには理解できなかった。

は?  そこで?



おっさんは 「彼は日本に行ってお金を稼ぎたい。でも行くお金が無い・・・だから」と、当然のことのように説明する。

いやいやいやいや。

この場合に説明が必要なのはそんなことではなく、私がお金を払う理由だyo!



私はおっさんと若者に挟まれた状態で完全に固まっていた。

これは’追いはぎ’の類なんじゃないか? 本気で大ピンチなんじゃないか?



一方、若者は期待に満ち溢れた表情でおっさんと私とを見比べている。


おっさんは、「とりあえず航空券の代金はゲットしたぜ。安心しろ」というふうに若者に笑いかけ、更に続ける。

「けれど彼は日本語はもちろん、英語も話せない。お金もまったく無い。日本に知り合いもいない。だからあなたの家に住む」

・・・ふむふむなるほど。

「でもずっとじゃない。彼は日本に着いたらすぐに若い恋人を探して結婚するから。OK?」

・・・スゲエ。スゲエよ、あんたら。

いったい、この話のどこに私が「おっけ~♪」と快諾できる要素があるのだろう。

この人たちは正常なのだろうか?ちょっと怖くなってきた。

てか、作戦を大幅に練り直さない限り、この青年が日本の土を踏める確率はほとんど無い。

・・・ということを教えてあげるべきだろうか。本気なのだとしたら、だけど。

てか、せっかく渇死を免れたというのに、大量の冷や汗をかいてまた乾いてきたわ!



追い詰められた私の乏しい脳みそが導き出した策は、『誰かになすりつけて自分だけ助かる』という方法だった。

昔からそういう卑怯な思考回路を持ち合わせているんだよーん。



私は、「そ、そうですか。話は分かりましたが、私は夫に養ってもらっている身分なので、そんな勝手なことはできないんですよ。まず、航空券は夫にお金をもらわないと買えないし、夫の家に彼を住まわせることも出来ません」と、首を掻きながら説明する。

おっさんは「航空券はカードで買えるし、彼はずっと住むとは言ってないよ」と言う。

私はさも残念そうに、「なるほど。私が独身なら良かったのですが・・・」とため息をついてみせる。


「日本人男性はものすごく嫉妬深いので、そんなことをしたら二人共殺されかねません。彼が日本に行くためには独身の女性を探さないと。彼はとても男前だからそれこそ簡単に見つかりますよ。なんならその人が若かったら恋人にすれば話も早いし。そういえば、ふもとの村で若い日本人女性を何人か見かけましたぜ。げっへっへ」



多少の罪悪感を覚えないわけでもなかったが、これほどストレートな交渉をする人たちに勝機はないと考えて押し通す。

おっさんは「ほうほう」と聞いていたが、それを若者に伝えると、若者も「ほうほう」と頷いている。

当然、若者も婆さんより若女の方がいいに決まっている。


おっさんは「近くで若い日本人女性に会ったらここに来るように必ず伝えろ」と言い、私は「もちろんですぜ」と深く頷く。

そして二人して「げっへっへ」と笑い合う。

その後、おっさんの女性絡みの自慢話をたっぷり聞かされた後、やっと解放されたのだった。




世界には度肝を抜かれるような常識(これがこの国の常識なのかどうかは知らんが)を持つ人々がいるんだなぁ・・・と、済んでしまえば興味深かった。





まるで女衒のような態度で逃走した私だが、もちろん出会った若女には「あそこには行くな」とちゃんと言った。

でも、この場を借りて謝罪いたします。 日本の若女の皆さん、すみませんでした。


遅咲きにもホドがある-セビリア


ポルトガルのリスボンからスペインのセビリアまで、夜行バスで移動したときのこと。


相変わらず田舎者ぶりを発揮して、バスターミナルには1時間以上も早く着いた。

出発時刻の30分ほど前にやって来たバスに、すっかり体が冷え切った私はさっさと乗り込んだ。

指定されたシートに腰を下ろし、ミュージックプレイヤーを引っ張り出す。

移動の際に音楽を聴いているとすこぶるよく眠れることに最近気付いたのだ(少しずつ賢くなっていくよ)。


出発までまだ時間があるので、乗客はちらほらとしか乗ってない。

ふと顔を上げると、ディカプリオ似の男前がチケットと座席を見比べながら通路を歩いて来た。

彼は目が合った私ににこやかに挨拶し、私の真ん前の席に着いた。

「おぉ。男前なだけじゃなく愛想もいいなんて。しかも婆さんに」 ぽっ。

もう『初老』さえも通り越しているクセに、いまだ男前を見るとデレデレしてしまう。



バスには少しずつ人が乗り込み、男前の隣には別嬪さんの若い女性が座った。

私の隣はなかなか埋まらず、「どうか巨大なおっさんではありませんように・・・。私の肩にもたれて爆睡するお婆さんでもありませんように・・・」とあれこれ祈り続ける。


「あわよくば隣が空席というのも・・・」などと重ねて祈っていると、男前が隣の別嬪さんに「失礼」と言って車外へと出て行った。

更に少しするとまた若い女性が乗り込んできて、男前の隣の女性に声をかけながら私の隣の席に座った。

どうやら彼女たちは友人同士らしいのだが、席が隣ではなく前後になってしまったようだった。

二人はしばらくそのままおしゃべりしていたが、当然の如く私に「席を替わって欲しい」と言ってきた。


「いいですとも」と立ち上がろうとした瞬間、間一髪で私の乏しい脳みそが回転(フル)を始める。


長距離の狭いバスでどんな人と隣り合わせになるかというのは結構な関心事だ。しかも今回は夜行だし。

で、さっきの男前は隣に若い美人が座ったことで間違いなく「ラッキー♪」と思ったハズだ。

もしかしたら、今ごろトイレだか売店だかでガッツポーズをしながら「Yes! Yesぅぅ!!」などと叫んでいるかも知れない。

で、意気揚々とバスに戻ってきて、ふと見ると隣がババアに変わっていたとしたら・・・。

・・・それはまさに彼にとって青天の霹靂だ・・・。オーマイガッッだ。


・・・ん? いや待てよ・・・。もっと悪いこともを想像できてしまう・・・。

もしも、私が別嬪さんに席を替わるよう頼んだ、とか思われたとしたら・・・。

さっき挨拶してもらったことで舞い上がり、婆さんが色気づいているなどと思われたりしたら・・・。


きゃー。

きゃー。

それは絶対に耐えられない。

確かにちょっとときめきましたけど、私はそこまで出来る器じゃない。


男前の落胆ぶりと色ボケババア呼ばわりされる想像に私は大混乱をきたす。


・・・。

中腰の中途半端な姿勢のまま遥か遠くへトリップしてしまった私を見て、別嬪さんが「あのぅ、もしもし」と遠慮がちに声を掛けてきた。


私は「お、おう。お申し出の件ですが・・・」と、うろたえまくる。

すると彼女はふと気付いたように、「あぁ。あなたは窓側がいいのですね?」と見当違いのことを言った。


私は「・・・Oh!good idea・・・あ、いやいや。い、yes、yes!そうなんです。す、すんません」とペコペコ謝る。

私を窮地に追い込んだのは誰であるかはとりあえず置いといて、ナイスな言い訳を提供してくれた別嬪さんに飴玉の一つでもあげたくなった。


そういえば小学校の遠足でも「窓側でないと酔うんですぅ」などというヤツが必ず出てきて、窓側の席をせしめていたことを思い出す。


私はにわかに眉間に皺を寄せ、既にちょっと酔っているフリを装う。

まだ出発前だというのにどんだけ乗り物に弱いねん。白々しすぎるぞ、ワシ。



そうこうしていると男前が車内に戻ってきた。

そして、彼女は今度は男前に「席を替わってもらえませんか」と申し出た。

男前は爽やかに微笑み、快く私の隣に移ってきた。


「男前、心ひっろ!」

私はこの若女たちの記憶に「心の狭い老人」として刻まれたことを悔やみながらも、とりあえず男前に恨まれずに済んだことに安堵した。

そして、アホみたいな妄想を炸裂させるクセは直そうと心から思った。



追記として、音楽を聴きながら爆睡した私は突然体が『びっくぅ!』となって飛び起き、隣の男前に体当たりするという大技を二度もやってのけた。もう死にたかった。

ついでに言うなら、件の別嬪さん二人組とはセビリアのホステルのドミトリーで再会するという、気まずい(私だけが)バチも当たったのであった。