思うに、私は『砂漠』とか『砂漠っぽい場所』と相性が悪いような気がする。
モロッコのメルズーカでは、腹痛(はらいた)に苦しむために砂漠ツアーに参加したようなものだし、シリアの遺跡では帰りの足が捕まらなくて、本気で砂漠の真ん中での野宿を覚悟した(おおむね死ぬだろうけど)。
その遺跡を後にする時に、管理人のおじさんが「もし帰れなくなったら、ここまで戻っておいで」と言い、
その時は「はっ!! もしかして、く、口説かれているのかっ!?」と色めき立ったのだが、それは恥ずかしすぎ且つ大いなる勘違いだった。
ここでは今までにも、私同様、帰れなくなるマヌケがちょいちょい発生していたのだろう。
そのことに気付いた時、遺跡に戻ってあの優しい管理人さんに土下座したくなった。
…まぁそれはいいとして。
シリアのパルミラでの出来事を書こうと思う。
中東の旅はすこぶる楽しかったが、いろいろ突っ込みどころも満載だったため失敗談がてんこ盛りだ。
パルミラから数キロ、砂漠の中にあるという『ベドウィン(遊牧民)のキャンプ』に行ってみようと思い立った。
遺跡内ではラクダ乗りのおっさんらがわらわらと寄ってくるので、中の一人にそう伝えてみた。
おっさんは「ちょっと待っとけ~」と言って、どこからか一人の青年を連れてきた。
彼は20代半ばくらいのなかなかの男前で、私は「おぉ…。どうせならおっさんより若男の方がいいよね~」とデレデレした。
わし「砂漠に行きたいんだけど、おいくらですか?」
若男「そのミュージックプレイヤー、もしくは20ドル」
ぬははは、お目が高い。
このミュージックプレイヤーは、ぱちもんで身を固める私が持つ数少ない国産品だ。誰がやるか。
わし「…20ドルで。てかむしろ10ドルで」
若男「…OK」
…おおぅ!あっさり下がるんかーい!
ってことは本来は5ドルくらいか。
人の好いシリアとはいえ、ここは世界遺産の有名観光地だもんなぁ。
あぁまだまだだな、わし。
日中は日差しが強烈なため、砂漠へはバイクで夕方に出発した。
私は彼の背中に捕まりながら、こんな時でもないと若男に触れる機会などないのでちょっと得した気分だった。
最初に声をかけたおっさんじゃなくてラッキーだったな。
てか、タクシーは極力利用しない主義なんだが、今後は若男のバイクタクシーなら利用してもええかもな。
うへへへへへ
向こうではのちに腹を壊すことになる紅茶を振る舞われたりして過ごし、日没後、帰ることになった。
どんどん暗くなる未舗装の道を、バイクのライトだけを頼りに街へと向かう。
相変わらずニヤついていた私だったが、バイクはやけにガタガタした場所を走り、ガタガタが延々と続いて尻が痛くなり、逆セクハラどころではなくなってきた。
しばらくすると彼はバイクを停めて私に降りるよう言い、タイヤを指さして「ブロークン」と言った。
どうやら暗くて岩地に乗り上げ、そのせいでパンクしてしまったらしい。
さっきまでの浮かれた気分は一気に消え失せ、 事態を理解して顔が引きつり始める。
ここどこ? はるか遠くに明かりは見えるが、まだ砂漠の真ん中と言っていい場所っぽい。
民家や街灯はもちろん、人工物は一切ない。
まだかすかに夕方の尻尾が残っているのが救いだが、それがなくなったら全くの闇になるだろう。
てか。
よくよく考えたら、この人が悪人だった場合、ここで身ぐるみはがれても全然おかしくないね♪
彼は携帯でずっと誰かと話している。
「計画通りだ。 このセクハラババアから金品を強奪しようぜ」 とか言ってるのかっ!?
「強奪後はわからないように埋めてしまおうぜ」とかもかっ!?
こんなところに埋められたら絶対に見つからないだろう。
時々海外で行方不明になる旅行者のニュースを聞くが、きっとこんな感じで…
…みたいな、良からぬ想像に震え上がる。
しかし、電話を終えた彼は表情を変えることなく
「この道をまっすぐ30分ほど行くと街に出られる。私はここで友人の車を待ち、バイクと一緒に帰る。See you」
とのたまった。
See you などと軽くあしらわれたたことは心外だが、埋葬される恐怖が私を動かした。
「お、おぅ。See you」
私は言われた方へ歩き始める。
大体あの人たちの言う30分って、その3~4倍は見ておかないといかんだろう。
とにかく真っ暗になってしまう前に灯りのあるところまで行かないと死あるのみ。かもね~。
と思ったが、もちろんすぐに真っ暗になった。
が、月明かりっていうのはスゴイものだと思い知った。
それにしても距離感が全然つかめないのだが、実際街までは何キロほどあるのだろう?
てか何なの? 漠然と『街』って。
ちゃんと知ってる場所に出られるの?
怒涛のように押し寄せてくる不安と闘いながら、月明かりを頼りにひたすら進む。
色んな意味で焦りまくり、小走りと強歩を繰り返す。
案の定、30分くらい歩いたところで周囲の様子は何ら変わることなく、なかなかの絶望感だった。
さらに30分くらい歩いただろうか、遠くから女性の明るい声が聞こえてきた。
その時の『場違い感』と、それを遥かに上回る安堵感と言ったらもう!
私はその声のする方へ向かって必死で駆け寄った。
それはヨーロッパから来た女性観光客4人組で、突然あらぬ方角から湧いてきた私にちょっとびっくりした後、「Are you lost? 一緒に街まで帰る?」と言ってくれた。
暗くて気付かなかったが、ここはもう遺跡のすぐ近くだったようだ。
こうして私は仏さまのような彼女たちに一緒に街中まで連れ帰ってもらい、無事生還を果たした。
そんなこんなで、私の中では『砂漠=ろくでもない目に遭う』という公式のようなものが出来てしまった。
まぁでも毎回どうにか生還しているんだから、そのことに感謝しないといけないとは思う。
でも…次くらいそろそろ死ぬんぢゃね?