NO.8758
2013年12月29日日曜日 8:48 メイ

文鮮明の責任論


文鮮明は、韓国へ嫁いだ女性達について、こう言っている。

  「氏族のメシヤとして韓国の地に来たということを
  しっかりと覚えておきなさい。
  韓国の地にお嫁に来たからといって、
  故郷の日本の地を捨てることはできません。
  韓国で勝利基盤をつくって、いつか旦那さんとともに
  故郷の日本の国に帰り、聖塩で向こうを聖別して
  韓国につないで、再び奥さんの伝統の基盤も相続してやる
  ということです。」
1991年8月22日 本郷人集会

しかし、日本に帰る資金さえ無く、あったとしても家族関係を振り切って渡韓した女性達が少なくない。

  「過去の根を切り捨て、接ぎ木し、芽と大木の根本と枝を切り捨て、
  新芽も切り捨て、今まであったものを全部切り捨て、新しい歴史の父母
  から新しい伝統を受け継いで、新しい統一教会の文化的背景を中心とした
  後継者にならなければならないのです。
             一九八七・六・一四、本部教会でのみ言

という、ルーツ断絶方針によって、親との根気強い対話を拒否し、鉄砲玉のように飛び出して行った人達は少なくない。

 「君たちが果たせなかった場合には、日本人が果たせなかった場合には、
  神様の願ってきた最初の基準に到達しなかった場合には、先生が責任を
  持たなければならないのです。そうでしょう?
  命令したのは先生だからです。」
「命令した者が責任を持たなければならないのです。」
1991年1月21日 本郷人集会での御言

しかし、いざ困った問題が起きた時には、単なる個人責任として切り捨てるのが、統一教会お得意の解決策になっている。
金集め、人集めの時には、重要な全体の問題、連帯責任となる。

  「個人蕩減、家庭蕩減、氏族蕩減、民族蕩減、国家蕩減、世界蕩減、
天宙蕩減、神様の心情的蕩減まで八段階があります。」
        一九八九年八月三十一日〈陰暦八月一日〉
           アラスカ、コディアックでのみ言

「天国への出発のために、蕩減の地獄に落ちなさい。」
一九九一年五月八日のみ言

という徹底した実行方針によって、帰国するお金どころか、生活費も底をついている例は少なくない。

 「ここに教会長がいますが、この教会長は先生を身代わりした人です。
 この人が責任を果たそうと果たせまいと、最後まで引っ張っていくのです。」

 「この人は人格的な面で欠陥があるかもしれませんが、
 欠陥があったとしてもそれは本人が責任を負うのではなく、
 先生が責任を負うのです。
 彼を誰が立てましたか? 先生が立てました。
 ですから責任も先生が負うのです。
 先生が滅ぶなら滅ぶのであって、彼が滅ぶのではありません。」
文鮮明先生マルスム選集 第241巻

「先生が責任を負って行きますから、
(皆さんは)先生に従ってきたのです。
 それが良かったでしょう?」
文鮮明先生マルスム選集 第89巻

中には良かったと答える人もいるだろうが、その周りを見渡した時に、本当に良かったと言って納得し勝利宣言していられる状況かどうか、客観的に見れば複雑な心境だろう。

「(日本を)韓国につないで、再び奥さんの伝統の基盤も相続してやる」という文鮮明の言葉には、所有権の拡大を目論む彼の魂胆が込められている。

そうした魂胆を黙って通す日本人の親がいるとでも思ったのだろうか。

子が法を犯して人さまに迷惑をかけたと言って責任を取り、自殺した親もいるくらいだから、子が違法行為を継続してきた団体と訣別できないままならば、親として苦汁の決断をせざるをえないだろう。

責任を取ると言って責任を取らず、どこまでも責任を取らせる集団であることが繰り返し実証され、もはや幻想を抱く余地は残されていない。

ルーツを断ち切って枝を支配した後はルーツをも支配するという文鮮明の戦略が、見え隠れしている。
しかも、切った枝を粗末に扱うようでは、そのルーツを粗末に扱うのも目に見えている。本当に枝やルーツのことを思って云々するような器でないことを、彼は自己証明している。

日本人食口達が、文鮮明に言われるまま、どんなに歴史問題に責任を持っても、文鮮明は、日本との併合を望んで調印した同族の決断に責任を持ちはしない。

統一教会においては、多額の献金も購入も全て、大人としての責任ある自主的な行為に過ぎず、強制は一切無いという。もし何らかの強制があったにせよ、大人として拒否や選択の自由があるのに拒否しなかった人に責任があると言う。
しかし韓国の歴史問題になると、全て日本に強制された結果だと言う。
そこで責任追求の鬼となり、ストーカー同然の実力行使を世界中に展開する。

それが文鮮明流の戦闘方式として知られている。
そうした戦法や論法は、特に狡猾な食口が好んで真似をし、得々としている。

それで、世界平和と超国家と統一を実現する史上最高の教えだという。
それが、どれほど歴史を愚弄し、祖先を貶め、災いの種を撒き散らしているか。
それを恥ずかしいとも思わぬ倒錯した人達が、おぞましい騒動の仕掛け人として知られている。

  「ある人が統一教会に入ってきて、汽車に乗っていく途中で誤って落ちて
  死ねば、みな『文総裁がそのようにした』と責任を転嫁するのです。
  アメリカでもそのようなことがあります。
釣りに行った統一教会のメンバー二人が事故に遭い、死にました。
ところで、それについて『文総裁が殺した』とこのように言って、
  私の両肩に責任を負わせているのです。
そのようなとんでもないことがどこにありますか。
先生が責任を負うという意味は、単に日本全体を
エバ国家として立てる責任を負っているということです。」
          一九九二年二月一〇日のみ言

再臨メシアの責任とは、「単に日本全体をエバ国家として立てる責任」だと言う。

どうりで、韓国の道徳的な社会問題も、北の核開発も、清平摂理の異常さも、霊感商法の悲劇も、食口達の非業の死も、文鮮明が責任を負うどころか、後は野となれ山となれも同然で、内部問題さえ改善されないまま同じ事がますます繰り返されるのも無理はない。


そう言った後、友人は今日も海外でじっと苦労に耐えている女性達の事を思ってか、黙って頭を垂れていました。

~~~~~~~転載終わり。



統一教会が、信者に責任を持たないというのは保険年金が無いという時点で明らかでした。尚且つ健康な人を求めていた・・・中には病弱でよく寝ているような献身者もいましたが、それは稀です。寝ながら肝心なところを指示していたような女性もいましたねぇ~。

大概は、大病の方は自宅へ戻されます。


統一教会から生きて返って来れたのは、本当に奇跡的命拾いしたような状況でしょうか。本当に良かったです。当時は、海岸縁を万物復帰していたことがありました。もし、その時北の拉致に巻き込まれたり、誘拐拉致されてレイプでもされていたらどうなっていたのかと考えると非常に恐ろしい事です。

教会が一生懸命救出に向けて、事件に立ち向かう事は無かったでしょう。

反対派に対してはあ~だこ~だとあるのでしょうが、

本当の事件に巻き込まれていたならどうなっていたことか・・・。


今、生きて有る!それが感謝なのかもしれません。