あれから15年もたつんですね。
私は、大阪ですが、
子供の頃、訳あってずっと長田の祖母の家に預けられて暮らしていた私です。

私にとって、幼少の思い出は、ほとんどが長田にあります。


その日の夜中に、怪我をしながらも祖母達は私達の家に避難してき、それまで連絡がつかなかった事で不安だったのが、安心の涙にかわりました。
大阪でも、ひどい揺れがあり、恐怖のトラウマが今でも反応します。
当時、大阪にいた私は、何も持たずに出てきた祖母達の荷物をとりに、一週間ほどして母に連れられ長田へ行きました。
祖母の家は、どうみても全壊だろうと思うのに半壊になりました。
近くの学校の体育館で配給された、パンをもらって祖母達に渡し、もはや家とも言えない家の中を、土足であがり、涙ながら、手も足も出ない状況になってました。


それから、また、祖母達は、しばらく大阪での生活が始まったわけですが、

あの日以来、祖母は、具合が悪くなって、それまで大好きだった宝塚歌劇団の舞台を観に行く事もできなくなり、入退院を繰り返していました。
その後、寝たきりになりました。
お年寄りにとって、恐怖が1番よくなかったんだと思います。

そんな祖母も一昨年、亡くなりました。

私を育ててくれた祖母。
私を育ててくれた長田の町。

あの日以来、皆、なにもかもが変わりました。




今でも、やっぱり、地震は怖いです。
沢山の人が沢山の想いを抱えて、今日が迎えられました。

本当に、忘れられない日です。