前回の記事、ヘンテコな終わり方してしまったのですが、続きがあります

れんむさん 秋山重雄-晴耕雨読さん コメントありがとうございます。
紛らわしくってごめんなさい

実は、同窓会は先週末に行われました。
私、参加しませんでした。
理由は「心から楽しめる自信がない」からです。
「せっかくのチャンスだから」
「みんなが会いたいと思ってくれてるかもしれないから」
メールをもらった時に、まずそういう考えがよぎりました。
ただ、その反面
「機会が向こうからやってきたという理由で、
これまでとりたてて望まずにきた集まりに行ってしまって良いのか?」
という考えが頭の片隅にありました。
じっくり、1週間もかけて「行かない」という決断を導き出しました。
みんなが会いたがってくれているかもしれないし、
私もみんながどういうふうな大人になったのか、
会ってみたい気もしたのですが、
でも、それはただの興味本位でしかないことに気づきました。
心から会いたいとはまだ思えていないって。
断りの連絡をN村T子さんにしたあと、私の心は一気に軽くなりました。
ただ、それはみんなに会いたくないからではないことに、その後から気付きました。
こんなにも、昔の友人に会わないでいるのって、普通に考えたら
“もの凄く嫌なことをされた”とか“会いたくない人がいる”
とかだと思うのですが、私の場合は全然違います。
では何故か?
私、昔の自分を、自分自身を次から次へと嫌いになっていってたんです。
学生時代の自分、会社勤めの時の自分。
ぜ~んぶ否定して、思い出も悪いことしか憶えていないようになってました。
断りのメールをしてから、ハタと思いました。
「なんで、私の思い出に残っているは悪いことばかりなんだ」と。
だって、悪い思い出というのは長い時間の中でほんの数回。
それも他愛のないことです。
なのにその部分だけクローズアップして憶えていたんです。
自分で自分が怖くなり、怖すぎて思わず苦笑。
それに気が付いた時、何かが剥がれ落ちるように、
楽しかった思い出が一気に呼び戻されました。
そう、どう考えても楽しかったことの方が多かった

今、行かなかったことに後悔はしていません。
今回で心と記憶の整理がちょっぴりできたので、
このまま、過去の自分とちゃんと向き合えていったら、
次回集まりがある時には、行けそうな気がしています。