キョーコが小さく欠伸をした。奏江はそれを見逃さずに部屋に戻る事を提案。だがキョーコはまだ起きているとぐずる。そんな二人のやり取りも見ていてほのぼのすると、蓮は自然に崩れる顔を整える事もせずに眺めていた。

ぐずりながらもうとうとし始めたキョーコ。ちんまり椅子に座って船を漕ぎ始める。奏江は呆れたようにため息を溢し、蓮はクスッと笑ってすっと立ち上がった。キョーコのそばに屈んで声をかける。

『京子さん、お部屋に戻ろうか。』

キョーコはふんわり頭をあげるとこくんと頭を縦に動かして頷き、また船をこぎ始めた。その不安定な頭を蓮は自分の胸に凭れさせてそのままひょいと横抱きに抱き上げる。抱き上げた体の軽さに少し戸惑うが、眠りと現実を座迷うキョーコの顔を見れば自然と頬が緩んでくる。

「俺の大切な宝物」という形容が今のキョーコには最適だと蓮は思った。

優しく抱き上げて、ゆっくり、なるべく揺らさないように、まるでガラス細工を扱うように、蓮はキョーコを二階の部屋へ運ぶ。ふと、自分の部屋に運ぼうかと思ったが、きっと奏江にとがめられるだろうからと、さっきまでキョーコを寝かせていた部屋へ運んだ。

ベッドにそっとおろして横たえると、キョーコはもう小さな寝息をたてていた。キョーコの重みとぬくもりを惜しみながら手を離す。後ろからついてきていた奏江がキョーコにすっと毛布をかけてやる。
ベッドの傍を離れようとした連のシャツの裾が何かにひっかかったのか、蓮は後ろに引っ張られる感触に振り返った。すると、あどけない寝顔で小さな寝息を立てているキョーコ。よく見るとその左手が連のシャツの裾を握っている。
蓮が右手でその手を取るとなんの抵抗もなく包まれるキョーコの小さな手。蓮はもう一度キョーコに向き直り、ベッドの傍で跪いて、両手でキョーコの手を包み込むように握り直した。

『大丈夫だよ。大丈夫だからもうお休み?』

そうキョーコの耳元で囁きながら握っていた手の片方を離して毛布をめぐり、残った手でキョーコの手を毛布の中にしまう。毛布の中で握っていた手を離して上から重ねるように手を置いて、キョーコが眠っている事を確かめる。
空いている方の手で毛布をキョーコの肩まで引き上げ、少し乱れた前髪を整えてやって、キョーコの額に軽くキスを落とす。

『おやすみ、よい夢を。』

小さく囁くとまたキョーコの寝顔を確かめめる。毛布の中から手を抜くとすっと立ち上がり、蓮は扉に向かった。扉のところで立ち止まって、もう一度キョーコを見る。その存在の確かさを確認して、極上の神々スマイルを浮かべて蓮は部屋を出ていった。

蓮が出ていって、部屋の扉が小さな音を立てて閉まった。

『な、な、なんなのよあれわあっ!』

キョーコが寝ているので叫ぶ事もできずに、奏江は顔を真っ赤にしたまま心の中で絶叫していた。