じゃれつくキョーコをうまくあしらいながら奏江はセバスチャンが用意してくれたテーブルについた。遅れて入ってきた蓮が自分を見る目が鋭いことに気づいたので、羨ましいかといわんばかりの力強い視線を返した。蓮は一瞬驚いて目を見開いたが、小さく息を吐いて苦笑を漏らした。
奏江は、蓮の反応が記憶を失う前と何も変わらない事に妙に安心を覚えた。
元々食の細い蓮と年中ダイエットの奏江、テキパキ食べるキョーコ。三人の食事はさほど時間をかけずに終わって、三人で後片付けに取りかかる。蓮が汚れた食器をキッチンに運び、キョーコがそれを洗う。洗った食器は奏江が水分を拭き取って食器棚に片付けた。
残った料理はキョーコがタッパーやボイルを使ってテキパキと保存していった。その手際の良さに奏江は感心しながらもらす。
『本当にあんたって書体臭いわよねぇ。』
『それ゛誉めてくれてるんだよね、嬉しい!』
『まぁそうね。捨てちゃうのはもったいないし、そんなふうに保存しておけばすぐに使えるし、少なくっも私にはできないわ。』
『ふふ、モー子さんに誉められたぁ!』
嬉しそうに笑いながら奏江に抱きつこうとしたキョーコを奏江は手に持っていた食器でうまくかわして事なきをえる。蓮はそんな二人のやり取りをカウンター越しに眩しいものを見るように目を細めて眺めていた。
片付けが一段落して、食後のコーヒータイムになった。コーヒーは蓮が淹れてリビングに運ぶ。リビングではキョーコと奏江が並んで雑誌を眺めていた。
『お嬢さん方、さあどうぞ?』
『『ありがとうございます。』』
そんなところまで二人はシンクロしていて、蓮はまたちょっぴり嫉妬を覚えた。
『ねえ、モー子さん。もう遅いから泊まっていってよ?』
『いやだ、帰るって言ってるでしょ?セバスチャンが帰りは送ってくれるらしいから平気なんだし。』
『うぅ…。』
『琴南さん、どうしてもだめなら無理に引き留めたりしないけど、もし都合がつくなら泊まってあげてくれないかな?』
『『えっ?!』』
奏江はもちろん、キョーコもその連の台詞に驚きを隠せない。
『京子さんのいう通り、もう遅い時間だし、京子さんの事もまだ心配だから、近くにいてあげてくれると助かる…。』
『敦賀…さん?』
キョーコは連の言葉にまた驚いてしまった。やはり連はそばにいてくれないのではないかと不安が過る。キョーコは急に悲しくなって無意識に俯いてしまう。
そんなキョーコを見て奏江はあきれたようなため息をつく。
『はぁ、仕方ないですね。敦賀さんがそうおっしゃるのなら、今夜はお邪魔させていただきます。』
『ほ、本当っ!』
ついさっきまでしょぼんと俯いていたキョーコは瞳をギラギラ輝かせて奏江を見る。
『はいはい、ちゃんと泊まるからくっついて来るんじゃないわよ?』
『えぇっっ!?』
『あんまり近寄らないで、鬱陶しいんだから。』
『う、モー子さんが冷たい…グスン』
キョーコはまた俯いてぼそぼそ独りで呟き始める。
『一緒にお風呂入って、髪の毛の乾かしあいっこして、お部屋にお菓子と飲み物を持ち込んで…』
『はぁ?!そんな中学生みたいな事絶対にしないからねっ、モーっ!!発想がホントに子供なんだからっ、モーっ!!』
キョーコの今夜の予定は奏江の一喝で打ち砕かれた。『えぇっ、なんでぇ?』と涙目になるキョーコをさらっと無視して奏江は蓮に向き直る。
『敦賀さん、私はどの部屋を使えばいいですか?』
『うん。京子さんの部屋の隣でどうかな?』
『はい、ありがとうございます。』
『えぇっ!モー子さん、一緒に寝るんじゃないの?!』
『何言ってるの、子供じゃあるまいし、そんな事するわけないでしょ、モーっ!』
その言葉にキョーコはまたしゅんと肩を落とす。
『モー子さんが冷たい…』
小さな声で呟いたつもりがしっかり奏江の耳はキョーコの言葉を拾っていた。
『そんな事いうなら、今からでも私帰るわよっ、モーっ!』
『えっ、だめっ、いやっ!帰らないでぇっ!』
一気に顔をあげて奏江に涙目ですがり付くキョーコ。
『鬱陶しいから離れなさいっ!モーっ!』
テーブルの向こう側からクスクスと蓮が笑う声がしてキョーコと奏江ははっとして固まる。
『君達本当に仲がいいんだね。』
声の主に視線を移せば穏やかな笑顔で二人を見ている蓮にぶつかる。
『そ、そんな…『はい、そうなんです!私とモー子さんは言わば親友!』…クスッ』
元気に胸を張って親友自慢をするキョーコとそっけないそぶりの中にも嬉しそうに、キョーコを柔らかく見る奏江。二人の間にはとても穏やかで優しい空気が流れている。
蓮はテーブルに頬杖をついて二人のやり取りを眺めていた。今まで感じた覚えのない暖かい気持ちが自分の中から湧き出てくる。素直に(二人ともかわいいなぁ)と思う気持ち。それが蓮にはとても新鮮だった。