大きな体を二つに折り曲げて必死に謝罪の言葉をいい募る蓮。そこにはゴージャスターだとか芸能人一いい男だとかいう称号はなかった。そこにはただ一生懸命に許しを乞う一人の人間がいた。
蓮のそんな姿に吸い寄せられるように近づくキョーコ。恐る恐る伸ばしたキョーコの指先が蓮の肩に触れた時、蓮の体は小さく震え、ずっと下げられていた頭が上がり、キョーコを見上げた。
『敦賀さん、もう頭を上げてくれませんか?』
『えっ、お、俺は…』
『お願いします。』
キョーコは柔らかくてふんわりと暖かい笑顔をたたえてそう続ける。
蓮は一歩後ろに退いて、ちょうど壁に体があたった。その事で一気に体の力が抜けて、壁に凭れる形でずるずるとへたりこんでしまった。
へたりこんだ格好のままキョーコを見上げる。
キョーコはクスッと笑って蓮に近づき、蓮の隣に腰を下ろす。
二人並んで壁に凭れて座り、しばらく沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのはキョーコ。
『私も怖いんです。』
『えっ?』
『だって、敦賀さんみたく素敵な人の隣に私なんかがいる事自体不思議なお話ですし、社長からいただいた設定もにわかには信じられない。でも、今はそれにすがるしかないから一生懸命すがっているだけで…』
キョーコの声は段々小さくなり、俯いてしまった。
『社長には感謝しています。私という空っぽな器に京子という中身をくださった。だから私はなんとか立っていられると思うんです。』
『うん、それは、おれも…。』
蓮も俯いたままぼそぼそと言葉を出す。
『記憶を無くしてからお会いする皆さんがすごく親切にして下さって、とても嬉しかった。何も覚えていない私を責める訳でもなく、哀れんだり嘆いたりするでもなく、ただ私を受け入れてくださる皆さんが嬉しくて、その分だけ怖いんです。』
『うん。』
『がっかりされるんじゃないかとか、見捨てられちゃうんじゃないかって、このまま何も思い出せないままだったら、今関わって下さっている皆さんにも申し訳ないですし…。』
『それは…、俺も』
『それに…、私が記憶を失った事をご存じない皆さんは、私を元々の「京子」として接してくださいます。最初こそそんな皆さんとのやり取りで違和感がなかったり、不審を抱かせたりしなかった事にほっとしてましたけど…、なんだか騙しているみたいで…、いえ、騙している訳ですから…。』
『…あぁ。』
『だから、思い出そうと思ったんです。記憶を失った事を知った上で以前通りに関わってくださる皆さんのために、記憶がないのを伏せて関わらせていただいている皆さんに、1日も早くこんな騙すような関わり方をやめるために、そして何より、私が「最上キョーコ」として自然に笑えるために…。』
『ごめん、俺は…それなのに…、』
『敦賀さんは…、敦賀さんはいつもそばにいて下さって、私を守ってくださるから、すっかり甘えてしまって…。』
キョーコは最初に蓮に会った時の事を思い出した。確か、怖い夢を見ていた。頬に暖かい感触を感じてびっくりして目を開けるとそこにいたのは要請さんだった。違うと言われてちょっぴりがっかりしたけれど、その端正な顔立ち、私の涙を拭ってくれる優しい指、髪を撫でてくれる暖かい手に、心の深いところで暖かい気持ちが灯った。こんな気持ちが「恋」なんだと今のキョーコにはすぐに解る。
キョーコの記憶はそこから始まっている。だからこそ素直に蓮への気持ちを理解できるのだ。だが、今の自分を考えればこの気持ちが蓮にとって負担になってしまうのではないかと考えてしまう。こんな不安定な自分が傍にいては、蓮に迷惑をかける事しかできないのではないかと思うのだ。蓮がその優しさから迷惑だとは言葉に出さないだろう事は解っていた。解っていたからこそ、キョーコがいないところで本音を吐露していたのだろうと感じた。
そしてキョーコはパニックに陥った。
そのプロセスをどう説明していいのか、キョーコには検討もつかない。キョーコは小さくため息をついて、そんな自分に苦笑した。