side キョーコ

なんだか心地良い暖かさにゆっくりと意識が浮上する。ゆっくり目を開ければあまり見慣れていない天井が視野に入ってきた。

(あれ?私は…)

自分が横たわっている事に気づいて、でも、なぜか解らなくて。ぼんやりした頭のままで記憶を辿る。さっき起きたら敦賀さんがいなくて、一人がちょっぴり嫌だったから敦賀さんが居るだろうリビングへ降りた。リビングの扉を開けようとしたら扉の向こうから社長さんの声が聞こえてきた。社長さんの話の相手が敦賀さんだと解って、顔が見たくてリビングに入ろうとした。そうしたら敦賀さんの声が聞こえてきた。

「俺にはもう限界です、社長。」
「どうした、連。この前自分が彼女を支えるといったばかりじゃねえか。」
「それはそうなんですが、俺にはもう耐えられません。」
「ほぉ、そんなに早くけつわっていいのか?」
「そ、それは....でも、これ以上彼女を見ているのは辛すぎます。」
「まあ、無理強いをすることはできんがな。後悔しねえか?」
「はい。これ以上彼女と一緒にいると、俺がどうにかなってしまいそうです。」
「そうか、わかった。これからのことは考えよう。しかし、お前は弱いな。最上くんの強さの本の欠片でもいいからもらえればいいんだろうが....」
「....すいません」
「まぁ、仕方ねえさ。」

敦賀さんが凄く辛そうな声でそう訴えていて…

『いやぁっ!』

思わず叫んでガバッと体を起こした。一気に体中から吹き出す汗、ドキドキと早鐘を打つ鼓動、浅く速くなる呼吸。だめだ、苦しい。どうしていいのか解らない…

『モーっ!キョーコ、あんた何やってんなあよ、モーっ!』

その声に弾かれて思わず呼吸も忘れて固まってしまった。目の前には黒く長い髪を乱して、ベッドの上に身を乗り出して、私の両肩を掴んで揺する女性がいた。彼女を見て『綺麗…』と小声で言ってしまった。

『モーっ!急に大きな声出したと思ったら起き上がるし、また発作起こそうなんて許さないんだからね、モーっ!』

そんな事を言いながらまだ彼女が私の体を揺さぶっている。

『うん、うん、ごめんなさい』

寝起きで体を強く揺さぶられて叱責されて、訳がわからず戸惑うのに、どんどん嬉しさが溢れてきて顔が崩れるのを止められない。

『モーっ!何笑ってんのよ。私にこんなに心配させて、そんなヘラヘラ笑ってんゃないわよ、モーっ!』

『えっ、あ、っ、ごめんなさい、モー子さん、なんだか嬉しくって、ふふっ。』

『モーっ!‥‥あんた、なによ、その呼び方?』

『えっ、モー子さん?だってさっきからモーモー言うから、つい‥』

『‥‥』

『えっ、モー子さん、なんか私悪い事言った?モー子さんが気に入らない?なんでそんな‥』

モー子さんは切れ長の眼を見開いたままじっと私をを見つめていた。こんな美人にこんな至近距離でみつめられるなんてすごく恥ずかしい。うわっ
どうしよう。なんだか照れちゃう。(えっ、あれ?)私を見つめるその眼にじんわりと涙が溢れてきて、こぼれて一筋頬を伝う。

『えっ、モー子さん、、なんで泣いちゃうんですか?』

『‥‥』

モー子さんは涙を拭うことも忘れて、私を見つめたままハラハラと涙を流している。私はそんなモー子さんの姿にオロオロするしかない。

『モー子さん、どうしたの?モー子さん、ごめんなさい、泣かないで。モー子さん、モー子さん、モー‥』

『モーっ!何度もそんな恥ずかしい呼び名で呼ばないでよね、モーっ!』

モー子さんはやっと自分の頬を伝う涙を手の甲で拭いながら抗議する。

『大体そんな恥ずかしい名前、あんた以外に呼ばないわよっ、モーっ!』

『モー子、さん?』

『モーっ!その恥ずかしい呼び名はねぇ、最初にあんたと出会った頃にあんたが勝手に付けたあだ名なのよ、モーっ!やっとその恥ずかしい呼び名から逃れられたと思ったのに、同じ名前を同じあ相手から同じ理由で付けられるなんて不愉快極まりないわよ、モーっ!』

そう言うとモー子さんはプイッと横を向いてしまって。その横顔をなんだかほんわりした気持ちで眺めてしまう。頬が少し赤くなっているように見えるのは気にせいじゃないわよね?

『モー子さん』

『‥‥』

『モー子さん、ねえねえ、モー子さんってば。』

『‥‥、煩いわよ、そんな恥ずかしい名前連呼しないでっ、モーっ!』

『ふふ、なんだかモー子さんって怖いらしいですね?』

『何よきもちわるいわね、モーっ!』

『ふふふ、モー子さん、モー子さんだ、クスクス』

『ふっ、ふふっ、ふふふふ‥』

モー子さんはとうとう耐えきれずに笑い始めた。私も凄く嬉しくて一緒に笑う。一頻り笑って落ち着いて、モー子さんがまた私を見つめた。

『少しは落ち着いたみたいね?』

『ありがとうございます。』

『モーっ!そんな改まって話さなきゃならない間柄じゃないんだから、敬語禁止っ、モーっ!』

『はい、わかりまさした。』

『モーっ!ほらまたっ!』

『あち、本当だ、ごめんなさい。』

『次は許さないからねっ!』

『はぁい』

また、どちらからともなく笑いがこみ上げてくる。こんな楽しくて嬉しい気持ちってすごく久しぶり。今、凄くたのしい。

部屋のドアをノックする音が聞こえて、モー子さんがすたと立ち上がって応対してくれた。来訪者は社長さんで、モー子さんが中へ招き入れてくれた。

『棚しそうな声が聞こえてきて安心したよ。もう落ち着いたかい、最上くん?』

『はい、ご迷惑をお掛けしました。もう大丈夫です。』

『うん、そうか。なら俺はひとまず事務所にまでは戻る。今日はゆっく、ら寛ぎたまえ。』

そういうと踵を返して部屋から出て行く社長さんの背中に『ありがとうございます。』と声をかけるのが精一杯だった。社長さんは振り返らずに右手をすっと上げて軽く手を振り、そのまま出て行った。

緊張が一気に抜けてホッと息をついた。私に、モー子さんはにっこり笑いかけて『飲み物持ってくるわ。』と、社長さんの消えた方に出て行った。

窓の外は夕方の色に染まっていた。