side 社
先日社長から聞かされた話は俺には重すぎて、俄に理解する事は難しかった。記憶がない、その事実は蓮とキョーコちゃんにとって紛れもない現実で、それは俺達が想像するよりもはるかに厳しいものなんだと改めて確認させられる話だった。その状況を踏まえて、今まで俺の中ではとても奇行としか思えなかった社長の方針は適切で一番現実的なものなのではないかとも思える。確立した治療やセラピーがない時点でしっかりと意思を持った方針が打ち出せる社長、ローリー宝田という人物を、俺はまた尊敬し、この人の下で働く自分を誇りに思う。
それとは別に、今の蓮を、そしてキョーコちゃんを支える者として、もっとしっかりしなければいけない自分に気づかされた。
俺の目の前で崩れ落ちたキョーコちゃん、いつものクールさを取り繕う事も出来ずに取り乱す琴南さん。キョーコちゃんを抱き上げて部屋に運ぼうとした俺に敵意丸出しの視線を突き刺す蓮。
『蓮、緊急事態だ。』
俺の声は自分でも驚くほどに硬くて冷たかった。その冷たさに固まる蓮を置き去りに俺はキョーコちゃんを彼女の寝室へと運んだ。この時の俺にはキョーコちゃんを蓮の手元に置くゆとりがなかった。目の前で起こった状況を考えればキョーコちゃんが倒れた原因は蓮だ。弱ったキョーコちゃんを元凶であろう蓮のところになど置ける訳がないと俺は判断した。
キョーコちゃんの部屋に入ると琴南さんが先にベッドに行ってブランケットを捲って準備をしてくれた゜ベッドにキョーコちゃんをそっとおろすと俺はやっとほっと力を抜いた。琴南さんがブランケットをそっとキョーコちゃんにかけてあげてくれた。そして、キョーコちゃんの枕元に座り込んで、彼女の乱れた前髪を整えてやっている。今の琴南さんに、さっきまでの切羽詰まった雰囲気は今はもうない。
開きっぱなしにしていた扉の方に人の気配を感じてそちらに向くと、社長と少し遅れて蓮が入ってきた。
キョーコちゃんがベッドに横たわる姿を見てすぐさま近寄ろうとする蓮を視線で制して、俺は社長に話しかけた。
『今はキョーコちゃんも落ち着きました。しばらくは琴南さんがついていてくれるので、リビングへ戻りませんか?キョーコちゃんを休ませるためにもその方がいいと思うのですが?』
『ん、そうだな。』
社長が踵返し、俺が後に続く。蓮は社長と俺が廊下に出てもその場で棒立ちのままだ。
『蓮…』
社長の声に蓮の肩が小さく揺れる。
『お前も出るんだ。今はここにいても何もできんだろう…。』
蓮は社長を見て、キョーコちゃんを見て、琴南さんの視線に固まり、小さくため息をついた。
『…わかりました』
今にも消え入りそうな小さな声。そして、諦めたようにゆっくりと体の向きを変えて俯いたままこちらに歩いてくる。体は大きいのに、まるで母親に叱られた小さな子供のように所在なく、しょんぼりした姿は酷く痛々しく俺の目に映った。