side ローリー
連の話を聞いているときに老化が騒がしくなった。聞こえてくるのは社と....あれは琴南君の声だ。
「キョーコっ!しっかりしなさい、キョーコっ!聞こえてるの?キョーコっ!」
「琴南さん、とりあえずおちついて。」
その声に連も慌てて立ち上がり、俺たちは廊下に出た。
まず目に入ったのは最上君を抱き上げている社。そしてそれを心配そうに見つめる琴南くんの姿。その緊迫した雰囲気に驚いたが、俺の前に立っていた連は絶対零度のオーラを出している。こいつのこういうところは記憶をなくす前とちっとも変ってはいない。いつもならそのオーラに周りはみな凍り付くのに、それ以上に冷たくてかたい声が連を釘づけにしてしまった。
「緊急事態だ。」
矢代のその言葉は連を直撃し、絶対零度のオーラさえも霧散させてしまった。さすがだな、俺の選んだ男はやはり出来る男のようだ。
社は連の後ろに立っている俺に軽く頭を下げてから最上君を彼女の自室に運んで行った。この緊急事態でそこまで状況判断できる社を俺はうれしく思った。琴南君もちょこんと頭を下げて矢代を追って階段を上がって行った。彼女も大物だと実感する。
反対に俺の前に立っていた連はオーラが霧散してしまった後はただの案山子と化していた。社の行った先をじっと見つめたまま突っ立っている。その後姿には困惑が満ちている。実はこいつが一番社会性が欠字しているのだろう。このまま突っ立たせておくこともできないので俺は連の肩にポンッと手を置いた。
「蓮、いくぞっ。」
「…」
「おい、蓮!」
「…っ、はい。」
俺に叱咤されて連はやっと動けるようになった。ったく、図体ばっかりでっかくなりやがって、いつまでたっても手がかかる。最上君は多分俺たちの会話を聞いてしまったのだろう。今の彼女にとっては強すぎる衝撃だったに違いない。今、俺の目の前で不幸を一身に背負ったような姿をさらしている男の受けた衝撃の何倍もの衝撃に耐えきれずに、最上君は倒れてしまったのだろう。そんなことは容易に想像がついた。その事実をこいつがちゃんと理解できるのか、それは解らない。だが、こいつがそれをちゃんと理解できなければこんな事態は何度でも繰り返されるだろう。それは最上君にとっても、連にとってもよくない事だ。周りの連中にも負担が大きすぎる。さて、どうしたものだろう。
そんなことを考えながら連と共に階段を上がり、最上君の寝室の前にたどり着いた。締め切られた扉を蓮がノックすると琴南君が顔を出した。琴南君はキッと連を睨み付ける。蓮は彼女の迫力に一歩後ずさる。おの隙に琴南君はバタンと扉を閉めて、扉越しに言葉を紡ぐ。
「キョーコは今眠っています。たぶん自然に目が覚めるまでこんまま寝かせておくほうがいいと思います。今敦賀さんに部屋で騒がれると困るので、敦賀さんが立ち入り禁止です。」
「そんな.....、俺は・・・・・」
「この子がこんな事になったのはきっと敦賀さんが原因でしょう?そんな危険な人をやすやすとここに入れるわけにはいきませんから!」
蓮はぐっと息をのみ、反論を試みるがうまく言葉が出てこないようだ。それはそうだろう。自分が俺にこぼした弱音のせいで最上君が今の状況になっているのだから。
程なく今度は社が扉を開けて部屋から出てきた。
「蓮、今はあきらめろ。キョーコちゃんは眠っているし、琴南さんは俺より迫力あるぞ。」
「......そんな......」
「社長、先ほどは失礼しました。」
社は俺に最敬礼で頭を下げる。
「いや、賢明な判断だと思う。ご苦労だった。」
「ありがとうございます。」
「状況説明を頼めるかな?」
「はい。」
俺たちは社から状況説明を受けるためにリビングへ向かった。そこにセバスチャンがやってきた。
「旦那様、ただいまホームドクターの先生が到着いたしました。最上様の診察をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、ご苦労。部屋には琴南君がいるから一緒に話を聞かせてやってくれ。」
「承知いたしました。」
セバスチャンが医師を連れて最上君の部屋へ向かうのを長身の案山子は羨ましそうに見ている。そういうところは子供そのものだなぁ。セバスチャンと医師が入って閉ざされた扉をまだ羨ましそうに見つめる蓮にため息交じりに声をかける。
「蓮、早くこい。」
「......はい」
蓮が立っていた位置からリビングの扉まではほんの短い距離だった。その間に蓮は何度も振り返っては開かれる事のない扉を見上げた。社はリビングへの扉を開けて蓮が中に入るのを待っていた。無理に急かさないのは蓮の動揺が手に取るように解るからだろう。蓮がやっとの事で扉をくぐりリビングに入ると俺も続いて入った。俺が入った後に社が続いて扉を閉めた。バタンという扉の閉まる音に連の体が大きく跳ねて、振り返った蓮はじっと扉を見つめた。社は小さくため息をついて「蓮、早く座れ。」とここで初めて蓮に指示した。
社はさっきその目で見た事をそのまま話し、俺たちはそれを黙って聞いた。