サイド蓮

「蓮、京子ちゃんはどうだい?」
移動中の車の中で助手席に座る社さんが何気なく訪ねる。
「どうって、時に変わったところはないですよ。」
「おいおい、そんな他人事みたいに言うなよな。京子ちゃんを、今は大変な時期だろう?」
「そうですね。すみません…。」
「なんだよ、そっけないなぁ。」
「そうですか?」
「そうだよっ!喧嘩でもしたのか?」
「そんなことしませんよ。」

そう、喧嘩などしていない。帰りの遅い俺をいつも笑顔で出迎えてくれる京子ちゃん、彼女の存在がゲストハウスにあるだけで暖かくてほんわりした空間になっている。俺にとってとても居心地のいい空間。暖かい食事とゆったり寛げる浴室。お日様の匂いに包まれるベッド…。そして彼女の可愛い笑顔。何もかもが俺のために用意されるもの。その居心地のよさと幸福感を味わいながら、俺は少しずつ居心地の悪さを感じ始めている。京子ちゃんは俺の為に色々としてくれるが、俺は彼女に何をしてあげる事が出来ない。家で、仕事先で笑顔を振り撒きながら過ごす彼女は、実は失った記憶を取り戻すという有名無実な作業を続けている。何をどうするべきかというマニュアルもなく、その是非さえも解らない。なのに彼女は健気に自分の記憶と向き合っている。隣で眠っている彼女が時々夢にうなされていたりする事に気付きながら、気付かず寝ているふりをするのが精一杯だ。寝返りを打つタイミングで抱き締めれば、彼女は一瞬体をこわばらせて、その後すっと力が抜ける。そして、スースーっ規則正しい息遣いが聞こえてくる。その穏やかな寝息にほっと胸を撫で下ろす俺。そんな繰り返しに俺の方が『もうやめてくれ!』と叫んでしまいたくなる。