「最上さん、自転車って楽しいの?」

敦賀さんは新聞を片手にコーヒーを飲みながらそう仰った。
「はい、楽しいですよ。私の場合は無くてはならない必須アイテムですが。」
そういうと、「ふぅん、そうなんだ。」と相槌を打ちながら新聞記事を読んでいらっしゃる。そんなしぐさも絵になるのは反則だと思いながらも何気なく眺めていると
「自転車買いに行こうよ?」と唐突なお言葉。そう仰るなりカップに残っていたコーヒーを飲み干してテーブルにカップと新聞を置き、立ち上がると出かける用意を始めた。
私は訳が解らず、そんな敦賀さんを見上げて少しの間呆然としていたが、ふとテーブルの上に視線を移した。そこには色違いの自転車に載って楽しそうに街を走るカップルの写真。素敵だなと思った。

「最上さん、早く用意して。出かけるよっ?」と声をかけられて、特に反論する事なく私も出かける用意をした。

帽子と眼鏡で軽く変装した敦賀さんは車のキーを手に取り、玄関に向かおうとされたので思わず呼び止めた。
「つ、敦賀さん。自転車を…買うんで…すよ、ね?」
「うん、そうだけど?」
「買ったらその後どうされるんですか?」
「…えっ?」
「多分ですけど、敦賀さんのお車には積めないと思いますよ?」
「……あっ…。」

敦賀さんは手に持ったキーと私の顔を交互に観てクスッと笑って仰った。
「そうか、帰りは乗って帰って来ればいいんだよね?」

こうして敦賀さんと私は昼下がりの街に二人で出かけた。

敦賀さんはマンション近くでさらっとタクシーを捕まえて私に乗るように仰った。ただ自転車買うだけなら近くにいくらでもお店があるのにと思っていたけど、些細なことで折角の外出の楽しさを削られたくはないので素直に従う。10分ほど走ると目的地に到着したらしい。タクシーを降りて目の前にあるお店を見ると、さっき新聞記事に出ていたお店だった。敦賀さんってさすがよねぇっとつい関心してしまった。

お店は入口付近からたくさんの自転車が所狭しと並んでいた。高そうなものばかり…。敦賀さんは声をかけてきた店員さんと少し話をされていたけれど、振り返って私に手招きをする。
「二階にあるんだって。」となんとも楽しそうな笑顔に私もついつられてしまう。そして大きな背中について階段を上がっていった。

敦賀さんの目的は小径自転車だった。その最奥の一角で足を止められた。