「ドラマの収録、ご苦労だったな、二人とも。」
ローリー宅の応接まで待つこと少々、現れたローリーは中世フランス帰属を思わせる出で立ちだった。
「「ありがとうございます。」」
蓮とキョーコは立ち上がって深く頭を下げる。
「まぁ、座れ。病み上がりにハードスケジュールで大変だったたろう。今夜はゆっくり休むといい。」
「「ありがとうございます。」」二人は頭を下げてソファに腰を下ろす。
「思ってた以上に上手く演じていたようだな。蓮はともかく最上くんは大変だっただろう?」
「俺はともかくって…社長…」
「まぁなんだ、これからの事も考えなきゃならん訳だが、お前達はどうしたい?」
蓮の抗議はさらっと流してローリーは問いかける。
「蓮、どうだ?」
「っ!……。」「最上くんはどうしたい?」
「私は…、思い出したいです、全部!」
「ほぉ、辛い過去でもいいのかい?」
「…はい。それだけじゃないから…多分。」
「…キョーコちゃん?」
「カウンセリングに来られた先生が『辛い事を忘れるために全部を忘れた』と説明して下さいました。でも、それはいい事ではないと思うんです。退院してこちらに来てから、親切にしてくださる社長、無条件に慕ってくれるマリアちゃん、新開監督やそのクルーの皆さんにもよくしていただきました。瑠璃子ちゃんには怖い思いをしているところを助けてもらって…。撮影でご一緒した木島さんも逸美さんも久しぶりの共演を凄く喜んでくれて…。モー子さんや社さん、セバスチャンもみんなが私を支えてくれる。きっと素敵な事がたくさんあったと思うんです。」
「キョーコちゃん、それでも辛すぎて忘れちゃったんだろ?」
「そう…、そんなの無責任です!今の私は今だけの存在じゃないです。生まれてから毎日を積み重ねてこその今があるはずなんです。嫌な事も嬉しい事も辛い事も悲しい事も全部含めて今の私にはなってるはずなんです。なのに私はそんな大切なものをあっさりと手放してしまって…、今の私は空っぽなんです。」
「ん~、さすが最上くんは強いな。」
「大将に使い込んだ包丁をいただいたんです。普通、何の脈絡もなく刃物を渡されたら怖いし異常な光景ですよね。でも、私は凄く嬉しかった。その包丁に大将からのメッセージがたくさん詰まっていると思えた。私は、そのメッセージを知りたい。モー子さんが近くにいてくれる理由も、敦賀さんの傍にいると凄く安心出来る理由も、きっとその中にあるはずなんです!」