蓮の退院の前日。だいぶゆとりが戻ってきた蓮の傍らでキョーコはリンゴを剥いて蓮に差し出した。

「はぁ…」と小さなため息が蓮から漏れる。
「敦賀さん、痛みますか?」
「いや、辛い痛みはもうないよ。ただ…」
「ただ、どうされましたか?」
「この生活もこれで終わりかと思うと寂しいなぁって、ね?」
「寂しい…ですか。」
「うん。最初は痛くて辛くてどうなる事かと思ってたけど、君のお陰で病人とは思えないくらいに快適に過ごせたし、それに…」
「上げ膳据え膳でデビューしてから初めてのオフでしたしね。」
「…、あ、あぁ、そう…だね。」
「そっか、私ももうここには来ないんですよねぇ…。短い間でしたけど、仲良くして下さった看護師さんやヘルパーの皆さんに何かお礼をしないと…。」
「あぁ、皆さんとても親切にして下さったからね?」
キョーコは部屋の中をくるくるっと見回す。翌日は朝一番に退院するので後は着替えれば直ぐに出られるようにすっかり準備され、荷物は応接セットの隅に小さく固められていた。この短期間に幾人もの人が持ってきてくれたお見舞いの品々が大部分を占めている。蓮の荷物はキョーコが既に大半持ち出していて後は朝に使う日用品を残している程度だ。なんとなく引越し前夜を思わせるこの光景にキョーコにもなんとなく寂しさが込み上げてくる。

「俺、また入院しよっかなぁ…」
「な、何をおっしゃるんですか!健康第一ですよっ!」
「だって、また入院したらまた看病してくれるだろっ?」
キラキラと神々スマイルを向けられて怨キョが一斉に浄化される。
ひぃっ!
キョーコは俯いて顔を真っ赤にしている。
「べ、別に病気にはならなくても呼んで下されば…ごにょごにょ…」
キョーコは俯いたまま口の中でブツブツ呟いていた。すると蓮の大きな手がキョーコの頭をくしゃくちゃっと撫でながら、「またよろしくね俺の専属看護師さん」とまた笑う。キョーコは蓮にされるがままに頭を揺らされながら「…はい」と小さく答えた。すると蓮は撫でていたキョーコの頭を自分の胸元に引き寄せて優しく抱きしめる。
「ありがとう、本当にありがとう、キョーコちゃん」

この時、二人それぞれ『化石になるなら今がいい』などと思っていたとは勿論お互いに気づく由もない。

翌朝、社長がド派手なリムジンで蓮を迎えに来て、蓮とキョーコの闘病生活は終わった。二人の気持ちはまた少しだけ近づいたようだ。