撮影現場は逸美が加わった事で今までより柔らかい雰囲気になった。キョーコはずっと傍にいてくれる蓮と敏腕マネージャーず、新開監督や共演の貴島に囲まれてこれまでも楽しく過ごしていたが、逸美の存在がキョーコから微妙な緊張を取り去っていった。休憩時間に今までよりも自然体の笑顔を出すようになったキョーコを見て、蓮は嬉しい反面逸美に嫉妬を覚える。そして自分の独占欲に苦笑しながら小さなため息をついた。
そんな蓮の心の動きをキョーコは敏感に察知する。何か怒っているような蓮の雰囲気が気になる。自分が何か怒らせるような事をしたのか、必死で思い巡らすがこれといって思い当たるものが見つからない。だが、少し離れたところからこちらを眺める蓮の顔にはキュラキュラと綺麗すぎる笑顔が貼り付けられていて、笑顔なのに目が笑っていない。周りの共演者は蓮のそんな様子に気づく事もなく談笑を続けている。
「キョーコちゃん、今日のお昼一緒に行こうよ?」と貴島に声をかけられた。
「えっ、あの、今日は…。」
言い淀むキョーコ。「あれ?先約かい?」
「……、はい」
キョーコの声は消え入りそうなくらい小さい。俯いてしまったキョーコに貴島はクスッと笑って「敦賀くんなんて放っておいて行こうよ。逸美ちゃんも一緒だしさっ!」
『逸美ちゃんも』の単語に思わず反応するキョーコ。ふっと上がった顔には笑顔が浮かんでいる。
「ね、行こうよ?」
「あっ、えっと、デモ…」また言い淀む。
「それなら俺もご一緒しようかな?」
思いの外近くから響いたテノールにキョーコの体がビクッと反応してしまう。
「何かな、その反応は?」
「い、いえっ、さっきまであちらにいらしたのでビックリしただけです…」
「ならいいけど。貴島くん、俺もいいかな?」
「ちぇっ、敦賀くんが来ちゃったら女性陣がみんな君にとられちゃうじゃないか。」と口を尖らせて抗議する貴島。
「俺は最上さんだけでいいから、他の女性陣は君に任せるよ?」と言いながらさりげなくキョーコと貴島の間に割って入り、まるでキョーコを貴島から隠すような位置に立ってにこやかに笑う蓮。
「敦賀くんには敵わないな。じゃぁみんなで行こうよ。近くにハンバーグの美味しい洋食屋さんがあるんだよ!」
「ハンバーグっ!」思わず声をだしてしまったキョーコは慌てて口を押さえて顔を真っ赤にする。その可愛すぎる姿に皆笑った。連も笑った。少し複雑なはキョーコだけが気づいてしまった。