時間がないからと半ば強引にだるま屋を後にしたセバスチャンの車。後ろを振り返って見たご夫妻は車から見えなくなるまでずっとこちらを見送ってくれていた。キョーコはさっき大将に押し付けられた小さな風呂敷包みを抱き締めていたが、一体なんだろうと気になって仕方がない。
「開けてみたら?」と蓮に誘惑されてそっと風呂敷を開くと縦10センチ、横25センチほどの綺麗に畳まれたさらし。中には硬いものが入っている。ゆっくり慎重にさらしを解いていくと中から年季の入った包丁が顔を出した。
隣で蓮はかなり驚いている。無理もない。前に座っていた社も「なんで包丁がっ!?」と慌てて声をあげる。「おい蓮!何かあったのか?」
「いえ…」
「お前がキョーコチャンに酷いことをした時用に持たされたんじゃないのかっ!?」
「…そんな、社さん酷い言い様ですね…。」蓮が不機嫌オーラを纏う。が、ちらっと見たキョーコの顔にハッとして固まってしまった。
キョーコはさらしごと包丁を胸に抱いて静かに涙を流していた。
「…キョーコ…ちゃん?」
なんとか絞り出す程の掠れた声で名前を呼べば、キョーコは包丁を抱き締めたまま話す。
「私、この包丁を知っているんです。」
「えっ?」
「詳しくは解らないけど、この包丁を預かるのは今日が初めてじゃない、気がします。」
「そ、そうなんだ…。」
「はい。大将の大事な商売道具のはずなのに…。」
キョーコは口数の少ない大将の声にならない言葉を受け止めた。


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だるま屋では…
「あんた、何も言わずにあんな物騒なもん渡して、キョーコちゃん大丈夫かい?」
「あいつなら大丈夫だ。俺にはあいつにしてやれる事なんて殆どありゃしねえ。ただ、あいつが今も料理と繋がってるんならきっと役に立つはずだ。」
「あんたの愛用品だっただろ?」
「ちょうど新しいのが落ち着いてきたからな、一応研いではあるが古いもんだ、問題ない。」「そうかい、ならいいさ。」
「そういや一度キョーコちゃんに貸した事があったよね?」
「ふんっ!」

女将さんは知っていた。キョーコがだるま屋に来ると聞いてから大将の様子が違った事も、夜中に何度もあの包丁を手入れしていた事も。だが、あえて言葉にせずにいる。
「あんた、お茶淹れるから休憩しないかい?今日は定休日だし、キョーコちゃん達が持ってきてくれたお菓子もあるから。」
「あぁ、」

だるま屋に静かな日常が戻ってきた。