女性に促されて二人はカウンター席に並んで座った。すると男性がカウンターの向こうから冷たいお絞りと熱いお茶を出してくれる。
「あの…、」
状況が解らずに何か言おうとするキョーコより早く男性が話す。
「粗方の事情は社長さんから聞いている。」
「そうだよ。キョーコちゃんも敦賀さんも大変だったね?」
「「……」」
「ちょうど昼時だ、まずは食え。」
そういうと小さな小鉢を二人の前に並べる。突き出しだというそれは山菜の煮物だった。
男性の勢いに反論の余地もなく二人は「「いただきます」」と手を合わせてから箸をとった。

「おいしぃっ!」
キョーコは一口食べて満面の笑みを浮かべる。連もキョーコに習って山菜を口に運ぶ。「うん、美味しい。キョーコちゃんが作ってくれる煮物の味に似てるよ。」と嬉しそうに話す。
男性は一瞬びくっと固まったが二人が気づく前に作業を再開する。後ろで見ている女性がクスッと笑ったので男性は苦い顔で咳払いをする。

「敦賀さん、あんたは小食らしいからこんくらいがちょうどいいだろう。」と出されたのは小さな重箱に詰められた松花堂弁当だった。
その横には女性が運んでくれた赤だしがふんわり湯気を立てていた。

彩り豊かで薄味で品のある品々。どれを食べても美味しいと思う間に二人は松花堂弁当を完食した。そして女性が淹れ直してくれた熱いお茶を飲んでほっと一息ついた。
「「ごちそうさまでした」」と手を合わす。
女性がお重を下げながら「どうだった?」と問う。キョーコは目をキラキラさせながら「とっても美味しくて…懐かしい味でした!」とキョーコが答えると「そうかいそうかい、よかったね、あんた?」とカウンターの向こう側の男性に笑いかける。男性はチッと小さく舌打ちをして眉間に皺をよせる。「おやまぁ、素直じゃないね、キョーコちゃん、あの人本当は凄く嬉しいんだよ?」とキョーコの耳元で話す。と男性は「とっとと片付けちまえよっ!」と女性に怒鳴り付ける。驚いて男性を見れば、耳が赤い。女性は「あいよっ」と気さくな返事をして、クスクス笑いながらお重を洗い場へと運んでいった。
「いいなぁ…」
それはキョーコの小さな呟き。だが蓮は聞き逃さなかった。
「何が?」
「えっ?あの、なんだか『家族』っぽくて…。」
「バカ野郎っ!『っぽい』じゃなくて『家族』なんだよ、お前もっ!」
男性の声は小さくて少し掠れていた。