蓮がうたた寝から覚めて一番に目に飛び込んで来たのはキョーコの顔。しかも、にっこりと微笑まれて『俺は天国で天使に出会っているのか?』と夢の世界と勘違いしそうになる。「おこちしゃいましたか、ごめんなさい」という言葉に夢ではないと感じて体を動かす。両手を上にのばして伸びをしてソファに座り直す。キョーコはその仕草をそのまま眺めていたが蓮が落ち着いたのを見てすっと蓮の隣に腰かけた。

「私は、とっても大切なものを忘れてしまってるように思うんです…。」
「どうしたの?」
「きっと、辛くてどうしようもない事があったんだと思います。たまに夢に出てくる過去の記憶めいた物は全部怖かったり悲しかったりと、決して良いものではないんです。でも、それだけじゃなかった…はずですよね?」
「うん、それはそうだと思うよ。」
「辛い事が多すぎて見えないだけで、楽しい事や嬉しい事もあって…」
「うん」
「でも、それ全部を含めての私だった。」
「うん、俺もそうだと思う。」
「だから、全部を忘れちゃったんでしょうか?」
「どうなんだろう。でも、きっと楽にはなったんだと思うよ。」
「はい…。でも、知りたい。思い出したい。」
キョーコの目に涙が貯まってきた。
「記憶をなくしてからも私に関わって下さるたくさんの方々。記憶をなくす前の私を知りながらも今の私を受け入れてくれる人達。その皆さんとの事を思い出したい。」
キョーコは頬を伝う涙を拭おうともせずに蓮に訴えかける。蓮はそんなキョーコの涙をとても綺麗だと思った。
「何よりも、敦賀さんとの日々を失いたくないんです。」
そういうとキョーコは俯いてはらはらと涙を流す。
蓮はキョーコの華奢な肩を抱き寄せて優しく髪を撫でる。そのまま声を殺して泣き続けるキョーコを胸に納めて背中を優しく擦ってやる。

「俺も思い出したい。再会してすぐに俺は君に恋をした。記憶を失う前の俺も君に恋をしていた。記憶よりもっと深いところで俺達は繋がっている。それだけで十分な力になる。だから、何を思い出しても二人なら越えていけると思うんだ。」
「…はい。」

蓮は自分のシャツをしっかり握っているキョーコの手をとって指を絡めてにぎった、
「俺のこの手を離さないで、君のこの手を離さないから。」

二人はそのままソファで眠った。