沈黙を破ったのはキョーコだった。
「眠れないんです」そういうと抱き締めていた枕に顔を埋めてしまった。「えっ?」蓮はまた驚いてキョーコを見た。キョーコは枕に顔を埋めたままその場にしゃがみ込んでしまった。蓮は慌ててキョーコの元に近寄って自身もしゃがみ込み、心配そうにキョーコを見る。「キョーコちゃん、どうしたの?」と聞けばキョーコは何も言わずにフルフルと首を横に振る。蓮はキョーコの頭に手を置いてゆっくり撫でてやる。するとキョーコが顔を上げたので優しく声をかける。「とりあえずソファに座って?飲み物用意するから、ね?」
蓮はキョーコを立たせてソファに座らせると素早くキッチンに降りた。ミルクを暖めて二つのマグカップに注いで部屋に戻るとキョーコはソファの隅で小さくなって座っていた。その姿を確認して、蓮はクスッと笑った。キョーコの前にマグカップを一つ置き、自身もキョーコの隣に腰をおろした。マグカップがテーブルに置かれる音にキョーコはビクッと体を震わせたが小さな声で「ありがとうございます」と言って両手でマグカップを持ち上げてホットミルクを一口飲む。「あったかい…」と思わず漏れた言葉は隣に座る蓮をどれほど安心させたかをキョーコは気付くはずもない。蓮はキョーコがホットミルクを飲み始めた事を確認して、自身もカップに口をつける。ゆっくりと喉を通っていく暖かさに今までの緊張が解れていくのを実感する。「ほんとだ、あったかい」と本当に小さな声で呟いた。キョーコは枕を膝の上に置いてその上に両肘をついている。その両手でマグカップを大事そうに包むように持って、ゆらよら立ち上る湯気を楽しんでいる。蓮は隣でそんなキョーコの横顔を眺めながら、さっきまでの不安や焦りが嘘のように消えている事に気付く。蓮はマグカップをテーブルに置いてキョーコに話しかける。
「さっきは、ごめん、俺…」「わ、私こそごめんなさい。なんとなく、本当になんとなく…。」
二人とも言葉が途切れて俯いてしまった。部屋には掛け時計の規則正しい音だけが響く。暫しの沈黙…。
「…クスッ、なんだか変、ですよ、ね?」沈黙を破ったのはキョーコ。「どっちが悪いとかじゃないと思うんですけど、なんだか気不味くて…。」「俺も同じように感じてた、気不味かった…。変だよね?」
二人は一頻り笑って、笑いが収まると蓮はスッと立ち上がり、テーブルの上のマグカップとキョーコの手の中のマグカップを取った。
「片付けてくるね。」