キョーコが居ないベッドは思いの外居心地が悪い。蓮はキッチンでの出来事を思い返していた。
悪戯心でキョーコをからかうつもりだった。後ろから巻き付いていると、キョーコの温もりが安心を与えてくれる。蓮はそこで初めて自分が不安で仕方なかった事に気付いた。そんな心の動きをキョーコに悟られたくなくて戸惑うキョーコから離れる事を拒んだ。キョーコの遠慮がちに訴える抗議も小さな抵抗もただ可愛くて、強く抱き締めて壊してしまわないようにしながら、一時の幸せを味わっていた。キョーコの手が連の腕に添えられた時、連の体に電流が走った、ような気がした。キョーコの手が触れているところから全身に熱が広がっていく。いけない、このままではこの娘を傷つけてしまう、直感でそう感じた。蓮は慌てて、でも不自然にならないようにそっとキョーコから離れるとキッチンから離れようと歩き始める。「ごめん」と人事絞り出すのがやっとだった。後ろからキョーコに呼び止められたような気もするが、今は何より彼女から離れなくてはならないと必死で足を前に出した。
寝室にたどり着いて大きなベッドに身を預けて目を閉じると、キョーコの顔しか浮かんでこない。だが、キョーコを思うだけで連の心は満たされていく。『重症だな…』とため息をついてしまう。
どれくらいの間そうしていただろう。どう頑張っても眠れそうにないので蓮は諦めて身を起こすと酒でものもうかと部屋をでるために扉をあけた。と、そこに枕を抱えたキョーコが立っていた。蓮はそのキョーコの姿に驚いて目を見開く。キョーコも予想外に開いた扉と連の姿に驚いて目を見開いて固まっていたが、なんとか声を絞り出した。
「あ…、あのっ」「どうしたの?」と蓮は動揺を押さえながら出来るだけ優しい穏やかな声を心がけて応える。
「あの、やっぱ、り、眠れそうに…なくて…。」キョーコは俯いてしゅんと悲しい顔をする。「どうぞ、入って?」と入口を広く開けてキョーコを招き入れる。促されるままに部屋に入ったキョーコはそのままだったままだ。蓮は部屋の奥に進んで窓の近くにあった椅子に腰かける。「さっきはごめん…」その連の小さな声にキョーコの体がビクッと反応する。キョーコは持っていた枕をぎゅっと強く抱き締めて「いえ、あの、私こそ…怒らせちゃったんじゃないかと…。」「そんな事ないよ。俺がちょっと調子に乗りすぎて…。」二人の間に気まずい沈黙が落ちた。