サイドキョーコ

いやぁっ!敦賀さんってばなんで後ろからまとわりついてるんですかっ!これじゃなんにも出来ないでしょっ!
心の中では半ばパニックになる。私の煩く早鐘をうつ心臓の音が敦賀さんにも聞こえてしまうんじゃないかと心配になるけれど、敦賀さんの腕は私を解放してはくれないようだ。私の、後片付けをさせてほしいという申し出を「いやだ」の一言で拒絶して、今尚私の体に巻き付いている敦賀さん。
「いやだ」なんて貴方は子供ですか?
もっと抵抗したいのに敦賀さんのぬくもりと香が私を柔らかく包み込んでしまって動けない。いや、動きたくないのかも。どうしていいのか解らなくなって小さくため息をついてしまった。仕方ないから敦賀さんが飽きるまでこうしていようと思った時に気付いてしまった、敦賀さんの腕が微かに震えている事に。
私は驚いて息を飲む。敦賀さんに振り返ろうとしたけど、がっちり敦賀さんの両手が体に巻き付いているから動けない。しかも左肩の上には敦賀さんの頭が乗っかっているという恐ろしい状況。世の女性陣からは羨まれたり憎まれたりする状況なんだろうけれど、今の私はまるで蜘蛛に絡めとられた小さな虫けら気分だ。
敦賀さんの腕はまだ微かに震えている。そんな彼の腕にそっと手を添えると敦賀さんの体がビクッと跳ねた。そして「ごめん」と小さく呟いて、今度はあっさりと私を解放してしまった。私は自由になった体を捻って後ろを振り返ったけれづ、敦賀さんはそのまま何も言わずにキッチンを出ていってしまった。
『あれ?私、もしかして怒らせちゃったのかな?』
視界から消えてしまった大きな背中にそんな不安が過る。ど、どうしよう…。このままだと嫌われてしまうっ!いやだ、また一人ぼっちになってしまうっ!
敦賀さんの背中を追いかけようと思ったけど、どうしても足が言うことを聞いてくれなくて出来なかった。
パタンと遠くで寝室の扉が閉まる音が聞こえて、私はやっと動けるようになった。手早く後片付けを済ませてキッチンを出る。シャワーを浴びて髪を乾かしてリビングに戻ったけど、勿論敦賀さんの姿はない。閉ざされている敦賀さんの寝室の扉を見上げるとじんわり涙が溢れてきた。今夜はあそこへは行けない。行くのが怖い…。
私は仕方なく自分の寝室に入ってベッドに体を預けた。体はかなり疲れているはずなのに眠気は全然訪れる気配さえない。長い長い独りの夜が始まった。