撮影中****

「私が何かに打ち込むのは私を疎まず受け入れてくれた両養親のため。養父が笑ってくれる、養母が誉めてくれる、それで私は私の居場所がここでいいんだと思えたわ。自分から何かをしたいと思った事は多分なかったと思う。私は両養親の気持ちを中心に生きてきたの。それが私の役割だと思うから。だから…今回のお見舞いもするの、養父が喜んでくれるから…。」
みのるはまゆみの言葉をにわかには受け入れられないで呆然としていた。まゆみのいう事がうまく理解出来ない。解る事は、大きすぎる親の存在を疎んじて、自分を保つのが精一杯のみのると、両親のために生きる事で居場所を保ってきたまゆみ。二人は両極端で相容れない考えを持っているという事。なのに二人はとても似ているのではないかと思う。だからこそ解るような、理解したくないような複雑な気持ち。
「君の意思は、…気持ちはどうなるの?」思ったより低い声できいてしまっていた。
「私の意思?そんなのないわ。私の気持ちなんて関係ないから…。」「君の人生だ。」「そうよ、私の人生よ。私は…こういう生き方を選んだの。今まで何を躊躇う事もなかったわ。(じゃぁ、なぜ私は今迷ってるの?何を悩んでいるの?)」まゆみは自分の言葉と疑問にハッとする。両手で口元を押さえて動きが止まってしまった。みのるはそんなまゆみの行動を不思議に思いながら見ている。とまゆみの目にじわっと涙が溜まってきて、みのるの呼吸まで止めてしまった。まゆみはゆらっと椅子から立ち上がるとしばしみのるを見ていたが急に背を向けて早足で店の出口に向かって歩きだした。みのるは慌ててまゆみを止めようと手を伸ばしたがその手は虚しく空を切る。みのるはそれ以上動く事が出来ずに身を乗り出した格好のまま、みのるの時間は止まってしまった。
まゆみはそのまま早足で店を出た。早くしないと涙が頬を伝ってしまうから。みのるにこんな涙は見られたくないと思って逃げ出した。出入口辺りで誰かにぶつかってしまった。「ごめんなさい」と下を向いたまま小さく頭をさげるだけで出てきてしまった。そんな行動さえも初めてだった。ぶつかった相手に呼び止められたような気がした。その声がなんとなく聞き覚えがあるような気がした。が、そんな事も今のまゆみの動揺の前には些事土しかなかった。店を出て、人気のない学舎裏の裏庭に着くまでまゆみは走った。涙が止められない。この涙の理由は解っている。苦しいと初めて感じた。