撮影中****

「みのるが出してきたフローチャートは完璧に見えたんだ。でもね、俺はみつけちゃったんだよ、欠陥を。」「えっ、欠陥?」「うん。完璧だと思われたそのチャートに一ヶ所だけ矛盾があったんだ。で、その矛盾を指摘するとそのチャート自体が成り立たなくなっちゃったんだ。」「すごいっ!」「最初は漠然と違和感を感じてあいつに聞いたんだ。最初の一言にはかなり勇気がいったんだよ?」「そうね。威圧感たっぷりに睨まれなかった?」「俺もそんな反応が来ると思って身構えたんだ。でも、それはただの取り越し苦労だったよ。」「へぇ。」「あいつのプライドはエベレスト級だからね。」「うんうん、孤高の天才ですものね。」「まゆみちゃんもよく見てるよね。」「佐伯くんは解りやすいから…。」「まぁね。それで、俺が『佐伯、ここなんだけど』と控え目に指差した所をあいつも見たんだ。そしてあいつは数秒固まった。それからゼンマイ式のおもちゃみたくギギギーって音がしそうな動きで俺の顔をみて、またギギギーっと視線をチャートに戻す。それを何回か繰り返した。」「うわぁ、そんな佐伯くん、見てみたかったわ。」「いやぁ、怖かったよ。大魔王降臨かってマヂびびってたんだよ、俺。」
二人はテーブル越しにお互いの顔を見合って…噴き出した。
「その後でみのるの視線がチャートで止まってまた固まったんだ。これはそろそろやばいかなって思ったよ。ゼミの部屋中に不穏な空気が籠って、部屋中私語厳禁状態だったし…。」まゆみはうんうんと頷く。「みのるが一際大きなため息をついてまた顔を上げた。その時には教授を始め、部屋中の視線は俺達に注がれていたよ。」上野は冷たい水を一口含んでゆっくり飲み込んで続ける。「みのるが無表情で俺の顔をじぃっと見上げてさ、俺は怖くて固まってたよ。そしたらあいつ、急に顔を崩してさ、人懐っこい笑顔で『すごちやっ!』って笑うんだよ。」「佐伯くん、笑ったんだ…。」「うん、部屋中に安堵のため息が漏れたよ。想像できるだろ?」「うん!」「それからは早かったよ。矛盾を指摘した俺の意見をあいつがちゃんと聞くんだよ。俺はともかく周りが驚いてたよ。」
まゆみはなんとなく解る気がして頷く。「羨ましいなぁ。」そんな言葉がぽろっと溢れた。「ん?」上野が聞き返す。まゆみは友達という距離をとても羨ましいと思った。それはまゆみが持っていない素敵な宝物だ。