撮影中****

バッグの中で携帯が震えだした。まゆみは珍しく自己主張する携帯を取り出し、ディスプレイを確認する。上野からの着信にこれまた珍しいと思いながら通話ボタンを押して耳に当てる。
「あ、まゆみちゃん、おはよ。上野だよ。」「上野くんおはよう。どうしたの?」「いや、仕事の都合でなぜか横浜に来てるんだよ。まゆみちゃんさえよければ今から出てこないかと思ってさ。」「横浜に?仕事?」「うん。あ、そうか、まだ話した事なかったか。ま、それは追々話すよ。で、今からどぉ?」
まゆみの後ろで船の汽笛が鳴る。
「あれ、まゆみちゃん外にいるの?」「ええ。散歩の途中なの。」「そっか。今どこ?」「…横浜港」「すぐ近くだよ。行ってもいい?」「…うん」まゆみはこれ以上一人でいるのが堪えられなかったのか素直に上野の言葉を受け入れて。
「うん、待ってて。5分でいくっ!」言うが早いか通話は途切れた。まゆみはその勢いの良さに苦笑を浮かべる。だが、人から『待ってて』と言われるのは悪い気はしないものだと思った。
5分程すると再び携帯が自己主張し出した。電話の主は上野だ。
「どの辺りにいるの?」少し呼吸が速いのは多分走って来たのだろう。「第三埠頭の近くよ。」「すぐ行くからっ!」「クスクス、逃げないからゆっくり来て。」「あぁ、まぁ…。あ、見えたっ!」「えっ?」「後ろ後ろ!」
まゆみが慌てて振り替えると左手で携帯を耳に当て、右手でこちらにヒラヒラと手を振りながら駆けてくる上野。まゆみもつられて手を振ると上野は嬉しそうに笑って携帯を耳から外してパクンと閉じた。そこからは歩いて呼吸を整えながら近づいてくる。その姿を見ると、今までなんとなくもやもやしていた気分がふっと軽くなって自然に笑顔がこぼれる。この青年はいつもこんな感じでまゆみをリラックスさせてくれる。そんな彼にまゆみは甘えている自分に気づく。自身がこんなふうに人に甘えるなんて想像もつかなかった。上野が作る空気はいつも穏やかで暖かい。その居心地のいい空気にまゆみの気持ちも解されていく。
「まゆみちゃん、またせたね?」まだ息を弾ませながらそう問いかける上野に「大丈夫よ。本当に5分でくるんだもの、びっくりしたわ!」と答えると上野は得意げな顔になり「有言実行が俺のモットーだからね。」と無駄に胸を張って見せる。クスクス笑うまゆみに上野は少し困った顔をしたが、そのまま街中へとまゆみを促して歩き始めた。