撮影中

養母の問いかけにまゆみは狼狽えた。自分のしたい事や将来の夢…ない。その事に今気がついた。まゆみは俯いてティーカップを見つめるしか出来ずにいた。
「ほら、貴方が突然変な事を言うからまゆみちゃん困っちゃってるじゃないですか。」「あぁ、すまん。」「まゆみちゃん、気にしないでいいのよ。」養母はまゆみを心配して優しく声をかけてくれる。養母はいつもまゆみに優しい。本当の母のようにまゆみを可愛がり、一緒に買い物や食事、外出をし、たまに厳しく叱ってくれる。そんな養母をまゆみも慕っている。だが、まゆみ自身に養父母に対して遠慮があるのは否めず、素直に思いを伝える事が出来ていないのも事実で、その事で余計に申し訳ない気持ちが沸いてくる。そしてどんどん俯いてしまう。養母はそんなまゆみの隣に来てそっと寄り添ってくれた。
養父はテーブルの向こうで少しばつ悪そうにしていたが意を決したように切り出した。「まゆみ、誰か気になる相手でもいるのか?」その言葉でまゆみの脳裏に浮かぶ男性二人の顔。佐伯みのると上野和樹。まゆみはまず二人の顔が浮かんだ事に驚き、そして『この人達は違う!』と否定した。否定するために何度か横に首をふり「いえ、居ません。」と答える。「そうか。」となぜか養父はホッとしたような口調でいう。「相手は取引先の社長の息子さんだ。歳はお前と同じ。まだ若いが多才で将来有望な好青年だよ。」と続ける。「貴方っ!今はまだその話を続けるのは止めてください。まゆみちゃんが可哀想ですからっ!」養母は養父の話を必死に遮ろうとする。まゆみの体を抱き締めて養父に訴えてくれていた。「悪い話ではないだろう…」と続ける養父をテーブル越しに養母が無言で睨み付け、俯いたままのまゆみの顔を心配そうに覗き込む。
「まゆみちゃん、お部屋に戻りなさい。」と小さく囁くとまゆみをソファから立たせて寄り添うように一緒に歩き始める。リビングを出ようとする二人に後ろから養父が「まぁ考えてみてくれ。」と声をかけるとまゆみはピタッと足をとめ、寄り添っていた養母は養父をきぃっと睨み付け、止まってしまったまゆみを促してリビングを出ていった。
養母はまゆみを部屋まで連れていき、そっとベッドに座らせてから部屋を出ていった。養母はうまく養父の言葉にも養母の問いかけにも上手く答えられないまゆみを部屋を出て扉を閉める瞬間まで心配そうな顔でみていた。