撮影中****

まゆみは港に来ていた。ぼんやりと船を眺めながら潮風に吹かれている。休日の散歩道。まゆみはこの風景が気に入っている。だが、今日は少し気分が重い。まゆみは昨夜両親と交わした会話を思い出していた。
呼ばれてリビングに降りると養父は二つ並んだひとりがけのソファの奥側に座り、養母は自分が焼いたお菓子を手に、養父の隣のソファに座ったところだった。
「まぁ座りなさい。」と養父に促されるままに両養親の向かい側の長いソファのなるべく手前側にに腰かけた。
タイミングよく使用人が三人分のお茶を用意してくれた。
「まゆみちゃん、クッキーを焼いたの。食べてね。」「はい、ありがとうございます。」
言われりままに皿の上のクッキーを一つ、摘まんで口に入れる。ふんわりと口の中に甘さが広がる。「お養母さん、美味しいです。」とにっこり笑うと「ありがとう。まゆみちゃんに誉められると嬉しいわぁ。」と柔らかい笑顔が返ってきた。
「大学の方はどうだ、順調かね?」養父に聞かれ「はい。なんとか頑張ってます。」と返す。「お前ももう三回生だからな。」と言ってティーカップを養父はもって一口お茶を飲む。「進路の事などは考えているのかね?」といきなり本題とおぼしき質問にまゆみは俯いてしまった。「…いえ、まだ具体的には…。」「そうか。」「はい、すいません。」「いやだわまゆみちゃん。謝るような事じゃないのよ。ほら、貴方がそんな怖い顔で聞くから…。」「あぁ、そうだな。怒っているのではないんだ。」「…はい。」
養父はもう一口お茶を含んでゆっくり飲み下し、意を決したように切り出した。
「実はな、まゆみにお見合いの話がきているんだ。」「「えっ!」」まゆみはもちろん養母も驚いた。「あ、あなた?まゆみちゃんはまだ成人したばかりの学生よ?こんな時期にお見合いなんて早すぎないかしら?」「あぁ、まぁそうかも知れんが、先方がまゆみを気に入ってるらしくて、形だけでもと言ってきてるんだ。」「そんなっ、貴方…」「無理にと言っている訳じゃない。しかし、まゆみももうそういう年頃という事だ。」「でも貴方…、お見合いなんて…」「…、」養母が取り乱して言い募る間、まゆみはまるで他人事のようにその話を聞いていた。
「まゆみちゃんだってこれからしたい事や将来の夢だってあるでしょ。ねぇ、まゆみちゃん!」いきなり話をふられてまゆみははっとした。全く自分の話だという実感がないのだ。