「よぉ、定期連絡にはまだちょいとはえぇんじゃねぇか?」
「旦那様、お伝えしたい事がございます。」
キョーコ達が部屋で着替えと準備をしている間にセバスチャンは宝田社長に連絡をしていた。
「ほぉ、蓮と最上くんがそんな事を…。」「はい。ただ、まだ記憶自体は戻った訳ではなく、お二人ともかなり動揺しておられます。」「うぅん、そうか。」「はい。何か新しいご指示はございますか?」「いや、特にはない。これまで通り、サポートを頼む。」「かしこまりました。」「それから、社は大丈夫だったのか?」「はい。敦賀様の様子に気付かれた時には顔面蒼白でしたが、現場では一番先に状況判断して周りを制しておられました。」「そうか、よく連絡してくれた。」「いえ。」「引き続き頼んだぞ。」「はい、かしこまりました。」

宝田は受話器を置いて愛用の葉巻に火をつけた。ゆっくりと深く息を吸い、煙をふぅっと吐き出す。
『一番思い出したくない所から浮上してくるとは、二人とも本当に自虐的だなぁ。その記憶が重すぎて封印しちまったくせに、好き好んで苦悩を繰り返す必要もなかろうに…。』そう思いながらもも何故か顔は楽しそうな表情をしている。
『あの二人、これから死ぬも生きるも自分の精神力次第だからな。この山を越えれば役者として、いや、人として一皮向けて飛躍的に成長できる。しかし、越えられなかったら、その時は…終了だ。』伸るか反るか、危険な賭けになる。そして二人が進んでいるのは一番険しくて長い道のり。もっと楽な道もあるだろうに、蓮もキョーコも揃って険しい道を選んでしまったようだ。
『俺はここで待つことしか出来ない。それが俺の役割だ。社もセバスチャンも有能だ。だからこんな時にもタバコが美味いと思えるのだが…。』
葉巻をゆっくり吸い、細長く煙を吐き出す。宝田は窓辺に歩みより、視線の先に見えるゲストハウスを見ながら呟く。「愛を失ったお前達。記憶と一緒に大切なものを取り戻せ。」