サイドキョーコ

貴島さんと監督にからかわれながら笑っていたけどふっと正面に座る敦賀さんを見た途端に心臓が止まりそうなほど驚いた。その白い顔、何も写さない瞳に言い知れない恐怖を感じる。気がつくと私は立ち上がって敦賀さんの傍にいき、膝に触れて呼び掛けた。「つる…が、さ…ん?」返事はない。もう一度「つる…が、さ…ん?」やっぱり返事はない。私は必死になって呼び掛けた。「敦賀さん、聞こえますか?」「敦賀さん、敦賀さん!」敦賀さんの膝の上に置いた手で体をゆする。それでも反応してくれない。視界が滲んでぼやけてきた。「敦賀さん、返事して下さい。」「敦賀さん、聞こえますか?」「敦賀さん、私が解りますか?」「敦賀さん…」思い浮かぶ言葉を手当たりに並べて呼び掛けるのに敦賀さんには全然届いていない。「敦賀さん、お願いです、返事して下さい。」「敦賀さん、行かないでっ!戻ってきてっ!」私の頭の中で違う映像が浮かぶ。髪をツインテールにした少女が一生懸命泣きながら叫んでいる。それに見向きもせずに立ち去る女性の姿。直感で泣き叫ぶ少女が私で立ち去る女性が私の母だと解った。映像の中の私と今の私が同じ言葉を叫ぶ。「敦賀さんっ!置いて行かないでっ!私を一人にしないでっ!」応えてくれない敦賀さんに『やっぱり届かないの?』と諦めながら「敦賀さん…敦賀さん」と小さな声で繰り返す。そんな私の頭にふんわりと何かが触れる。そして優しく髪を撫でてくれる。顔をあげると「ないてるの?」と敦賀さんの声。「いいえ、泣いてないですよ?」また視界が一気にぼやける。涙が溢れたのが解った。敦賀さんの手が頬に触れ、親指で涙を拭いながら「…なみだ」と呟く。「嬉しいんです。敦賀さんに会えて…。」「そう…なの?」「はい、凄く嬉しいです!」私の頬に触れる敦賀さんの左手があまりにも儚げで、両手で包み込むように握りしめて蓮を見上げた。「敦賀さん」「ん?」「ありがとう」「うん」「お帰りなさい」「…ただいま」
今度は嬉しくて敦賀さんの膝に顔を埋めて泣き出してしまった。敦賀さんは右手で髪を撫でてくれる。敦賀さんはまだ少しぼんやりしているようだったけど、私をじっと見てくれている視線を感じた。敦賀さんが私を見てくれている。その事がとても嬉しくてくすぐったい気持ちになった。